第4話『甘すぎる暴走』


 いつもは一人寂しくあの坂道をヒーコラ言いながら下っているが、なんと今日は一人ではない。長門がいる。女子と肩を並べて下校する、なんてのは実に学生青春ドラマ的で、俺だってそういう生活を夢に見なかったかというと嘘になる。そして今、俺はその夢を実現させている。もちろん、楽しいに決まっている。

 ――――が、しかし。長門と二人だけなのに、まったく俺が話に加わることが出来ないのはなんでだろうか。話に加わる、ということは俺の隣の長門は誰かと喋っていることになるよな?だが、ここには俺と長門しかいない。少なくとも10m以内には。長門が携帯で誰かと喋っている、という線も無い。では、長門は誰と喋っているのだろうか。

 ……長門だ。いや、もちろん長門はまるで電波な人のように一人で喋っているわけではない。実際、長門長門と喋っているのだ。このなぞなぞ、解けた奴いるか?いたら返事しろ。そして俺の耳元で答えを言え。……とまぁ、冗談はここらへんにして、正解は、俺の右手の長門と俺の隣の長門が喋ってる、だ。なぞなぞで言ったらまさに反則的な答えだよな。って、そんなことは、どうでもいい。

 俺の右手の長門を仮に『有希』としよう。隣の長門はいつも通り『長門』とする。

 有希が長門に対して一方的に昨日の夜のことからさっきまでのことを説明している。主な内容はインターフェイスとしての力が無いことや、朝比奈さんにバレたってことか。俺としては朝のトイレでの出来事は語って欲しくなかった。うあぁ……。

 って、お、おい!平均以上だとか何cmだったかそういう事を話すな!長門も興味津々に聞くな!やめてくれ!恥ずかしい!
「……この話はやめる」
「……」
 悲しいのか虚しいのかよく分からない空気が流れる。どうにかせねば。俺から話を持ちかけてみることにする。

「で、長門。なんか分かったことあるか?」
「ある。すこし試してみたいことがある。だからわたしの家に来て」
「どんなことを試すんだ?」
「それは、教えられない」
「なぜだ?」
「あなたにはまだ早すぎる」
「どういう意味だ」
「……そのまま」
「わたしからもそれを推奨する」
「つまり、知らぬが仏、ってことか?」
「正確には違う、だけど」
「大体には合っている」
 お見事な連携プレイ。声が一緒だから一人が喋っているみたいだ。マウスって知ってるか?……まぁいい。とにかく、長門の家に行くか。

 そして長門のマンションまで歩くこと数分。着いた。
「……」
 長門はナンバーを入力し、中に入った。エレベータで7階まで直行し、708号室の手前まで来た。
長門が鍵を取り出し、扉を開ける。
「……いい」
「邪魔するぜ、長門
 靴を脱ぎ、中に入るといつもの長門の部屋がそこにあった。……って当たり前か。部屋の中央にはコタツがある。とりあえず、座ろう。
「ちょっと待ってて」
 長門は何かを暖めている。……なんだろう。そしていつの間にか部屋の中はいい匂いが漂っている。……カレー、か?
「……そう」
晩飯までご馳走になるとはな。気を使わせちまったか?
「いい」

 ……コタツの上には大きな皿が2つ、小さな皿が1つ。その上にはそれぞれご飯とカレーが盛ってある。俺の前には大きな皿と小さな皿が1つづつ置いてある。その向かいには長門が座っている。
「「「いただきます」」」
 声を揃えて言う。まさに日本人ならではの食卓の風景だな。スプーンにご飯とカレーを分量よくのせて口に運ぶ。

 ……う、うまい。なぁ、長門。何か工夫したのか?
「……ヒミツ」
教えてくれたっていいじゃないか。
「……だめ」
まぁ、何か悪いもんが入ってるわけじゃなさそうだし、いいんだよな?
「いい」
「……おいしい」
 って、有希が持ってるのはなんだ?
「わたしが爪楊枝を分解し、再構築して作ったスプーン」
「使いやすい」
そりゃそうだろうな。

 ……その後も、ほんの少しだけ会話があっただけで、俺と長門と有希は黙々とカレーを食べていたのだが……有希はもうすでに食べ終わって、俺の手伝いをしている。でもそろそろ腹いっぱいだ。これでも頑張ったほうだと思う。3杯目だぞ。よし、もうこれ食べ終わったら長門に言おう。
よし、食べきった!偉いぞ俺!すると、長門がまた俺の皿を取り、おかわりを盛りに行こうとした。

長門、もういい」
「……そう」
 長門はいつしかのお茶の時のように、俺が食べ終わったらすぐにおかわりを盛ってくる、ということをしていたんだ。2回目まではその純粋な目にやられて「もういい」の4文字が口から出なかったのさ。

「そろそろ、その"試したいこと"とやらを試してくれ」
「……そうする」
 ……長門が服を脱ぎだした。お、おい!どうしたんだ長門
「……見ないで」
「わ、分かった」
 俺は即座に180度クルリと回転し、後ろを向いた。後ろの方からは、パサ、パサ、と衣服が床に落ちる音がする。
 ――――ゴクリ。思わず唾を飲んでしまった。いったい長門は、何をするつもりなんだ……。
「左手で目を隠して」
 は?どうしたんだ?
「いいから」
……分かった。
「こっち向いて。目を隠したまま」
 体を180度回転させる。目の前には左手があるわけで、長門は見てない。
「右手をこっちに」
 有希が長門の方へ行く。いったい何をするつもりだ?チラリ、と指と指の間から見てみる。ごめんなさい、俺は悪い子です。
 見えたものは―――有希が上半身裸の長門の胸にうずくまってる。目線を上にあげる。……長門と目が合った・・・…。すごく気まずそうな顔をしている。うぁあ……見なきゃよかった。
す……すまん、長門
「……いい」
 ところで長門、何か起こったのか?
「起こった」
 何が起こったんだ?
「あなたの右手を見て」
 うぉ!元に戻ってる!
「でもそれは一時的なもの。すぐに元に戻る」
 そ、そうなのか……。
「あと6回同じことをすれば戻らなくなる」
 あと6回もか……。
「そして次するのは18時間ほど経たないと出来ない。効果が無い」
 1日1回くらいか?
「そう」
 そうか……。
「ひとつ分かったことがある」
 何が分かったんだ?
 俺が問いかけると、長門は口の端を1mmほどあげて、まるでニヤッとしたような表情をつくる。目はそのままだ。長門のこんな表情を見るのは初めてだ。まるで悪戯か何かを企てている子供のような無邪気さがその表情からは感じられた。

「それは……」

 長門は俺の肩に両手を乗っける。当然、上半身は裸のままだ。これがどういうことか分かるか?隠すべきところが丸見えだ。俺は目を左上のほうに背けた。

「あなたへの感情―――」
 長門はすこしずつ俺の方へ体重をかけてくる。俺を押し倒そうとしているのか?

 ―――パタン。俺は抵抗しようとしたのか、していないのか自分でも分からなかった。
いつの間にか押し倒されている。落ち着け、俺。
 今、俺は何をしている?何をされている?目の前の長門の顔を見る。頬がほんのすこし、火照っていて、赤みを含んでいる。目は、どこかうつろで、俺の目の奥にある何かを見ているようだ。
長門の顔が、俺の顔に近づいてくる。

「待て、長門。少し落ち着け……!」
「あなたが………すき」

 俺は必死に抵抗したつもりだが、全然両腕に力が入らない。
 俺は長門にキスされてしまった。

 長門はその潤んだ唇を、俺の乾いた唇に押し付ける。長門が目を閉じた。これ以上、なぜか長門を見ていられなくて、俺も目を閉じる。多分俺の理性がそうしたんだろうな、と思う。俺も一介の男子高校生だ。体を持て余すことなんかザラにある。このままこの長門を見ていたら、いてもたっても居られなくなるだろうからな。

 ……長門が顔を離した。その表情はさっきとは少し違っていて、冷静になったようだ。
「……ごめんなさい」
 長門は俺から離れて、近くに脱ぎ捨ててあった制服を着なおす。
「あなたの右手のわたしからの情報―――すき、という感情―――」
「……」
「それらによる、わたし自身の暴走。ごめんなさい」
「あやまることはないさ。俺は……正直言って、嬉しいぞ」
「……そう」
 長門の顔はまた少し赤らんだように見えたのは、俺の気のせいだろう。長門はコタツの上に乗っかったまんまだった皿を片付ける。俺はとりあえず、座って、時計を確認した。もう8時ごろだ。長門は皿を片付けた後、コタツをはさんで俺の正面に座った。……話す話題が見つからない。そもそも探す必要はあるのか?
 今、長門に何を話しかけても、長門にとってプラスになることは無いように感じる。
 仕方が無い。明日、頭が冷えた頃にまた話しかけよう。

長門、俺、そろそろ帰るから」
「……そう」
 少し俯きながら長門は言った。
「また、明日な」
「……」
 長門は無言でいた。俺は、長門のマンションを出て、家に帰り着き、親に飯は食ったからいらないと告げるとすぐにベッドに横になってしまった。

 長門の唇の感触を思い出す。柔らかかった。とても。
 長門の目。あの目は一生忘れられそうに無い。網膜に焼き付けられた、そんな感じがする。明日、長門に会ったらなんて話そう……。
 とにかく、ずっとそんなことを延々と考えていた。

 そして、あることを思い出した。
 長門が喋った言葉。
『一時的なもの。すぐに元に戻る。』
 それは、俺の右手にまた長門が現れるってことだよな。俺はそろ〜っと右手を見てみる。あー、いた。

……何時の間に俺の右手に戻ってたんだ?
「……ついさっき」
さっきはどうしたんだ?
「わたしの意識ともうひとりのわたしの意識の同調」
つまり、あの行動は有希の感情なわけだな?
「……そう」
……そんなに俺とキスしたかったのか?
「………」
 とたんに顔が赤くなる。ふむ。有希の方は感情丸出しで、長門の方は感情をセーブしてるor感情が少ないってところか。なんだか少しこの仕組みが分かった気がする。

 ……って風呂入んの忘れてた……。まぁいいよな。1日くらい。
「だめ。不衛生」
……俺の独り言を聞いてたのか。
「……お風呂に入ることを推奨する」
……まぁ、いいか。んじゃちょっと入るか。


 ……あえて、風呂の部分は省略させてもらおう。終始、有希がどこも隠さないから俺が困ったり、背中を流すとか言い出して俺の右腕がミシミシいったり、急に俺の体をジロジロ観察しだしたり、いろいろあったな。正直、泣きたい。お婿にいけねぇ。

 ―――さて。
 昨日と同じくパジャマに着替えた長門と俺。

 そろそろ寝るか。電気消すぞー。
「……」
 おやすみ、有希。
「おやすみ」
 部屋の中は真っ暗になった。やっぱり真っ暗が一番寝るのに適した状態だろう。暗闇に目が慣れる。天井を見つめる。

 あぁ、今日はいろんなことがあったな。なんだか、良い夢が見れそうな気分だ……。
 俺はいつの間にか、目を閉じて眠っていた。



第4話『甘すぎる暴走』〜終〜



キョン「次回予告!
   長門からの熱いアピール!」
長門「そして」
キョン「それに対抗する勢力が?!」
長門「わたしは……負けない。」
キョン「頑張れ。応援してるぞ。」
長門「第5話『恋のスクランブル』」
キョン「乞うご期待!」