第14話『ど根性右手』


 それにしてもあの世界でのあのセリフを噛まなくて良かった。良くあんな長い名前をスラスラ言えたな。追い詰められれば光る男だな、俺は。そう、こんな不安感のかけらも無いような思考が出来るのも、ちゃんと帰ってこれたという実感が今猛烈に沸いているからだ。

 今、長門を抱きしめている。この行為ほど安心できるものは他には無いだろう。俺の腕の中で眠そうな子猫のような仕草をしている長門。……正直、たまりません。

 さて。
 こんな真っ暗な公園でいつまでもこうしているわけにもいかないので、とりあえず家に帰ることを提案する。

「わたしの家にきて」

 そんな返答をよこす。あの世界での出来事を思い出す。まぁ、いいだろう。俺は肯定の意を長門に伝える。


 移動している間中ずっと長門は俺に抱きついている。あぁ懐かしきこの感触……控えめな……って、駄目だ、考えるな俺。そんな気分に浸りながらも、やはりマンションに着いてしまうのが惜しい。見慣れた動作で長門が鍵を開け俺たちはエレベータに乗り込み、あっという間に708号室に着く。長門がドアを開ける。一足先に靴を脱ぎ、こちらを振り向く。

「邪魔するぜ、有希」
「……いい」

 俺も靴を脱ぎ部屋に入る。部屋の真ん中にはこたつだ。もう寒い季節なのでミカンが置いてある。こたつにミカン。この組み合わせは日本でよく見られるものだ。……長門がミカン?食ってるところがまったく想像出来ん。長門に促され、俺はあぐらをかいて座る。その向かい側に長門はゆっくりと座る。それにしても長門を呼ぶときは「有希」なのに思考の中では「長門」なんだな。「長門」のほうがしっくり来るんだよな。長門には悪い気がしないでもないが。

「なぁ、そろそろ本題に入らないか?」
 なぜ俺を連れてきたのか。そろそろ聞き出したいところだ。
「……」
 長門は黙ったままだ。一見すると何から喋ろうかと整理しているかのようにも見える。そして俺は想像もしていなかった。この時長門があんなことを考えているなどということを。

「泊まっていって」

 長門が言った言葉はそれだけだった。実にシンプル。しかし俺にはそれがとてつもない衝撃となり人体が生命活動をする上で最も重要な精神活動に支障をきたしそうなのである。……長門は俺に泊まっていけと言っているのであってだな、他の事は別にしなくてもいい……というかだな、なんの隠喩も無ければ隠語も含まれていないし、「今夜は優しくしてね」とかそういう意味も含まれていない。
 そう。泊まるだけなのだ。やましいことは何も無い。

 長門がカレーを運んでくる。もはや"運ぶ"だ。運搬すると言っても過言ではない。彼女はそれだけの量のカレーを両手にいっぱいいっぱいに運んでいるのだ。なんとも可愛らしいよちよち……じゃないな、よたよた……でもない、とにかく言葉では形容し難いような歩き方で運んでくる。……ふらふら……でも無いな。その間俺はその量に驚くばかりで、長門の"助けてコール"に気付かなかった。
 その"助けてコール"とは、俺をじっと見ることである。「手伝って」くらい言ってくれれば良かったのにな。結局俺がそのコールに気付いたのはテーブルに皿を置いてからである。ほんの少しむすっとした表情になる長門。だがその表情は俺にとっては逆効果であるということを知っていてやってるのか?

「……すまん」
「いい」
 俺らはスプーンを手に取りカレーを食べ始める。前にもカレーをご馳走になったことがあるが、あの時は"有希"がいた。あの世界でもあるな。あの時は……競争になったな。一つの大きな皿に盛られたカレーを二人で食ったっけ。……今となっては良い思い出だ、なんて言葉は通用しないのが現状。現実ってのは案外キビシイもんだ。

 そう。俺の目の前にはまるであのカレーをパワーアップさせたかのようなカレーがそびえ立っている。もはや盛られている、という言葉ではカバー出来ん。そびえ立つ、という表現が本当に良く似合う。あえて名前を付けるなら『カレータワー』。うむ、相変わらずネーミングセンス無いな俺。

 長門曰く「張り切りすぎた」とのことだが、もうその度等の範囲内を斜め45度を湾曲しつつ遥かに超えて、神の領域にまで達している。さすがは宇宙人。
 だがしかしこの1mはありそうなカレータワーをどう消化するつもりだ?その趣を長門に伝えるとこんな返答が帰ってきた。

「大丈夫。精力が着くから」

 それはどういう意味だ、と問いただそうともしたがやっぱやめ。こうりゃヤケだ。食えばいいんだろ?俺の隣で黙々カレーを頬張る長門。……俺も頑張るかな。"頑張る"ってのもおかしい気がしないでもないが。


 ……ってあれ?なんだこれ?……スッポンがまるまる煮込まれてるぞ。
「……隠し味」
 隠しきれてないぞ。あと、さっきから硬い肉だなと思って噛んでたのをまたカレーの中から見たんだが、これはイモリの蒲焼……か?
「……体に良い」
 まぁ、有希がそう言うんならそうなんだろうな。

 ……喉が渇いたな。水くれないか?
「……はい」
 長門が俺に手渡したのは真っ赤なドリンク。コップに並々と注がれている。トマトジュースか?
「何なんだ、これ?」
マムシドリンク」
「俺は水をくれと言った気がするんだが」
「こちらのほうが体に良い」
 ……いったい何時から長門は健康マニアになったんだろうな……?……健康?待てよ……?

 カレーの中に含まれているもの、長門が俺に食わそうとしているもの、飲まそうとしているものをもう一度整理してみよう。

 ――――スッポン―――イモリの蒲焼――――マムシドリンク――――

 ……待てよ。俺の中の一般常識が間違ってなけりゃ、これは健康のためではない気がするのだが。他にヒントは……っ?!あった。確信的なものが。

 ふと寝室に目をやる。そこには以前のように布団が敷いてあるような状況ではなく、ダブルベッドがポツンと置いてあるだけだった。枕は二つだ。

 ……考え方は二つある。一つ。俺が居ない間に誰かと一緒にここで寝てた。だがそれは無さそうだな。枕の包みが一つだけ取れていない。つまり一つしか枕は使っていないことになる。ということはもう一つか?

 二つ目は俺を待っている間に用意した。俺のために。長門が。まるで俺にここで過ごせとでも言っているかのようだ。さらに二つ目の説だとさっきまでのヒントにつながり、答えにもなりかねない。

 でもまずは目の前のカレー色の巨塔を完食するのが一番最初だろう。長門も何考えてるのかは分からんが、とにかくカレーを食っている。ならば俺も食うべきだ。

 ところで規格外の大きさに多大なショックを受けていた俺はなかなか気付かなかったが、このカレー、むちゃくちゃうまいな。

 鳥、牛、豚、イモリ、その他何だかよく分からない肉(?)達の組み合わせが醸し出す、濃淡がありコクがあり、まろやかさも兼ね備えつつあるこの芳醇な香りと味。

 ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ等の定番の野菜食材はもちろん入っており、よく煮込まれていて一噛みするだけで柔らかな口解けを残す。

 カレー自体の味はなんだかよく分からんが、甘くも辛くもある。口に入れた瞬間は甘いなと感じたのだが飲み込むうちに水が欲しくなってくる。辛いのだ。この不思議な感覚はそうそう味わえるものじゃないと断言できる。

 さすがは思念体とやらが興味を示したカレーだな。文句の付け所が無いとはこの事を言ったのか。

 ……そうだ。あと最後に一つ、俺にうまいと感じさせるのに根本的な原因となった調味料が入ってたな。

 それは……愛情、だな。

 さっと一振りするだけでこんなにうまく感じさせちまう。使う相手は俺だけに限られた調味料。うまいに決まってるさ。

 ……何くさい事考えてんだ、俺は。とにかく食う。飽きないのがせめてもの救いか。


 食べてるうちに体が熱くなってきたが、気にせず食べていると汗をかいてきた。長門は相変わらず平気そうだが。そんなこんなで結局食べ終わる。もうカレーはしばらく食わん。そう決めた。大皿を片付ける長門をほんわかしたような目で見ていると、なんだかマジで同棲生活をしている気分になる。これはこれでいいかもな。エプロン姿の長門も見てみたい。俺が帰ってくると「おかえりなさい」もいいな。ううむ、妄想の世界は限りなく広がるな。

「……」

 うぉ、長門がジトっとした目でこっちを見てくる。……変な目で見て悪かった。
「そう」

 長門はどこからか引きずってきたクッションを敷き、そこに手をポンポン、と置く。俺に座れって事か……?促されるまま俺はあぐらをかいて座る。長門が俺に寄り添うように乗ってくる。

「あなたの"ここ"は安心する」
 ……そうか。

 そういえば以前にも似たような状況があったな。SOS団部室で。この状態で読書。俺は何すりゃ良いんだ。とりあえず、長門でも眺めるか。

 ……しばらく眺めていたが、長門は結構な速度でページを捲るだけ。暇だ。俺は心の中で自問自答する。
 
『人間はよく『やらないで後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよな。お前はそれについてどう思うんだ?』

 どっかで聞いたセリフだな、それ。

『じゃあな、たとえ話なんだが、現状を維持するままでは(俺の理性が)ジリ貧になることは解ってるんだが どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らない。そんなとき、お前ならどうする?』

 何かするのもいいかもな。

『そう、とりあえず何でもいいからやってみようと思うだろ?どうせ今のままでは何も変わらないのは目に見えてるからな』

 だな。

『だろ?だがな、俺の体に寄り添ってる人はとても可愛いんだが、手を出したらどうなるか分からん。でも(理性は)待ってくれないんだ。手をつかねていたらどんどん(俺の理性やらなんやらが)良くないことになりそうだからな。だったらもう俺の独断で強行に悪戯をやってもいいんだよな?』

 何をやろうとしているんだ?

『それはお前自身が一番解かってることだろ?』

 ……悪戯をして長門の反応を見る、だな。

 一つの答えに辿り着く。フッと俺は長門の耳元に息を吹きかける。

「っ……?」

 長門は迷惑そうに俺のほうを見てくる。少しは俺もかまって欲しかったのだ。放置プレイはほどほどにしてくれ。続いて第2弾。脇をくすぐろう。

「……っ」

 さて反応はいかほどに。って、無反応か……。ほんの少しだけ期待してたのに。最後、第3弾。胸を触ってみよう。玉砕覚悟で行くぜ。……柔らかい、な。

「……やめて……寝る前まで待って」

 そ、それはどういう意味ですかな、長門さん……?俺はその言葉の真相を暴くのにしばらく脳内CUPをフル回転させていた。……カレーの具……ベッド……そしてこの言動……。――――ッ!謎は全て解けた!美雪!じゃなかった、有希!皆を集めてくれ!……って誰をだ。俺は自分のボケにノリツッコミを入れつつも思考を深める。……やっぱり、か?

 長門が本をぱたんと閉じ、俺の足の上から立ち上がる。そのまま寝室へと向かう。ベッドの端っこのほうに座り俺を見る。口を開く。

「……きて」
「……あぁ」

 そりゃもう来ますとも。俺もベッドの端に座る。長門とは対照的な位置だ。近くに寄ろうとする。が、なんだか気恥ずかしいな。そしていつしかとうとう、長門と肩が触れ合う位置にまで来てしまった。長門の肩を掴む。真正面から視線を重ねる。

長門……いいのか?」
「いい。……でもシャワーを浴びてくる」

 長門はいつもに比べると駆け足のような歩き方で風呂場へ向かう。一人で待る。なんか雰囲気が出てきたな。俺はそわそわしている。自分でも分かるほどに、だ。落ち着きを取り戻せ。素数を数えるんだ。1、2、3、5、7、……って1は素数じゃねぇな。

 ……長門が風呂から上がってきた。濡れている髪が妙にそそる。色っぽい。バスタオル一枚なんて俺には刺激的過ぎる。

「……次……入って」
「あ……あぁ、そうだな」

 そういや俺も、だな。カラスの行水程度で済ませる。だがもちろん体はむちゃくちゃ綺麗に洗ったぞ?さて。ここで気になる事件が発生した。俺はどういう格好で出て行けばいいんだ?

 ……タオルを腰に巻く?なんかいかにもって感じはするが、なんか嫌だな。でもまぁ、それしかないか。

 タオル一枚で意気揚々と登場した俺は目の前に広がる光景に腰を抜かしつつも、その高ぶったテンションを一気に2乗、いや3乗ほどに向上させた。


 さて、その"目の前に広がる光景"とは。




 あの夢のような夜は明け、朝になった。とりあえず言っておく。この空白の時間にあった、『思い出しただけで赤面してしまうような熱いエピソード』はたぶん語ることは無いだろう。あくまで"たぶん"だが。要望があれば語るかも知れん。だがその時はニュー速VIPではなくエロパロ板行きだろうな。それは覚悟してくれ。……って、誰に何を言ってるんだろうね俺は。

「おはよう、有希」

 俺の腕の中ですやすやと眠る長門に言う。ちなみに両方とも素っ裸だ。自然体って良いもんだな。

「ん……おはよう……」

 『嬉しそう』という表現が似合いそうな顔を見て、俺は思う。

「……"キョン"……すき」

 ―――長門に出会えて良かったな、と。俺と長門は愛を再確認するようにキスをする。……朝っぱらからこんな"深い"のいいのか?有希。
「……嫌?」
 嫌なわけないだろう。
「じゃあ、いい」
 また"深い"キス。なんて心地が良いんだろうか。

 幾度も繰り返すうちに腹が減ってきた。なぁ、そろそろ朝飯にしないか?
「……そうする」
 長門は一瞬不満そうな顔を見せた後俺の意見に賛成してくれた。
 ……昨日のカレー、まだ残ってたんだな……。
「そう」
 昨日の晩に『もうしばらくカレーは食わん』と高らかに宣言したばかりなのにいきなり朝から食ってしまった。でもうまいから許す。量も普通だし。

「ごちそうさま」
「……」

 長門は俺の言葉に合わせて手を合わせるだけだ。その仕草が小動物みたいで可愛い。

「ところで今日は何曜日なんだ?」
 昨日から懐に抱え込んでいた疑問を投げかける。
「水曜日」
「……学校があるじゃないか」
「あなたはまた転校してきたことにする」
「そうか」

 じゃあ少しくらいなら遅れても良いはずだな、と続けようとしたその瞬間。
「一緒に登校する。わたしの恋人が帰ってきたという設定」
 設定も何も実際そうなんだが。
「そう」

 長門はどこか嬉しそうな表情を俺に見せる。

「んじゃ、学校行くか」
「……」
 首を縦に振り、首肯する。


 こうして長門といちゃいちゃしながら登校するのもいいかもな。長門といちゃいちゃしながらってのは想像するのにはちょっと無理があるかもな。うまく言い換えると……こう……なんていうか……名前を言い合いながらニヤニヤする?……たぶんこれで合ってるな。ニヤニヤする、より見つめ合う、でもいいかもな。腕にくっ付かれるのはもうご愛嬌だな。これはもはや規定事項でありデフォルトなのだ。

 学校に着く。
 全然久しぶりじゃないな。クラスに入るなり、……ってハルヒ?!おい!

「キョ、キョン!」

 ハルヒが抱きついてきた。さていつから俺はみんなの抱き枕になったんだろうね。長門が間に入ろうとするもハルヒは止まらない。

キョン〜、ん〜、ん〜」
「おい、ハルんぶっ?!ん!」

 いきなりキスか!やめろ!てかなんだこの空気!長門の怒りのオーラが俺の背面からひしひしと感じられる……!四面楚歌とはこの事か!

「……ぷはぁ……淋しかったんだから」
「……はぁ、はぁ、だからって……やめてくれ」

 息が苦しくなるほどにキスされていた俺は肩で息をしながらも返答をよこす。
「……っ?!あたし、今……」

 ハルヒの顔がカァッと赤くなる。今頃正気を取り戻したか。
「あ、あんたなんてもう一生帰ってこなくても良かったんだからね!」
 今更ツンデレしても遅い。それに俺の目にはツンなんてひとかけらも見えん。本当に嬉し泣きしそうな顔だ。
「そうかい」
 俺はあの席に座る。隣には長門。後ろにはハルヒ。この配置は懐かしいな。

 こうして授業が始まり、唐突とワケのわからん方式やらなんやらが増えていたことに心から驚く。意味が分からん。誰か助けてくれ。

 こんなときはどうするか。寝る。それに限るな。起きてても無駄ってこった。うとうとする俺に長門が話しかけてくる。
「起きて」
 ……そもそもだな、俺は昨日夜更かししちゃったせいで眠いんだ。いや、"夜更かし"ってのはだな、この場合は隠語であってだな、……って説明させるな。
「そう。……いい」
 その3点リーダがほんの少し気になるが、まぁいい。もう思考を放っぽり出すほど眠いんだ。勘弁してくれ。


 目を覚ます。
「こら!団員その1!起きなさい!」
 声の主はもちろんハルヒだ。
「……今何時だ?」
「……放課後よ」
 ハルヒよ、なぜ俺の反応にガッカリする?俺はあくまで一般普通な返答を返しただけだが。
「ね、部室に行くわよ」
「あぁ……ところで、」

 長門は?と訊こうしたが思わず口をつむる。ここでそれを訊いたらどうなるかぐらい俺にだって分かる。
「"ところで"何よ?」
「……何でもない」
 ハルヒは俺のネクタイを掴み、顔を近づける。
「……言うまで離さない……ッ!」
 おいおい……そりゃないぜ……。

 んで、俺は犬の散歩のごとくネクタイを掴まれたまま歩かされる。……俺ってこんなポジションだったっけか?
「何言ってんのよ、あんたは雑用係じゃない」
 あぁ、そういやそうだったな。

 部室に着く。長門は……いた。長門……助けてくれ……。俺は目で合図するが、長門は気付くどころかそっぽを向いている。……俺、何か悪いことしたか?

 ハルヒが団長席に着く。
「ほら、あんたは犬よ。おすわり」
 今度は古泉に目で合図を送る。助けろ。……おい、なぜ鼻血を出す?……ハァハァ言うな。顔が近い。
「……ハァハァ、今は従ったほうが良いと思いますよ……ハァハァ」
 そうか。それは分かったがとりあえず離れろ。そして鼻血を拭け。
「こら!古泉君何してるのよ!あたしの犬よ!」
「俺はお前の犬じゃねぇ」
「あたしの犬!だからねぇ……」

 ハルヒは俺に抱きつく。
「うぉあ!?やめろって!」
「こーいうこともしていいの。スキンシップよ」
「ちょ、ちょっと待て、そこだけは止めてくれ!」
キョン、あんたのここ……硬いわ」
「やめ、ちょっと、マジで!」
「もみもみしてあげる」
「っ!やめ、ヤバいって!」
「んふふ……かわいい」
「くぅぁ!な、長門、助け」
「彼は嫌がっている」
 長門が瞬間移動(なのか?)をして止める。ふぅ……やっとハルヒは離してくれたか。


「にしてもキョン、あんた肩凝ってるわね」
「うるせぇ。俺の肩凝りの出身国はほとんど気苦労だ」
 俺は最近肩凝ってんだ。ヘタに触ると痛いくらいに。そしてハルヒ、お前の揉み方は特に痛いんだよ。

「わたしが揉む」

 まぁ……長門なら安心だろうな。
「む!安心って何よ!」
「安心って言ったら安心だろうよ」
 長門は俺の肩を揉み始める。う、うまい……。
「なんでそんなに気持ち良さそうな顔すんのよぉ〜っ!」
 本当に気持ち良いんだから仕方が無い。この絶妙な力加減。ローストロークとハイストロークをリズム良く繰り返す。そんなに細い指でよくやってくれるもんだ。

「わたしは」

 長門は語りだす。俺とハルヒは黙ってそれを聞く。何を話すつもりだ?

「彼がもっと喜ぶところを知っている」

 ……ちょっと待て。なぜ今その話を?
キョン、あんたなんであせってんのかしら……?」
 皺を寄せた眉間が美しくないぜ、ハルヒ
「ごまかしたって無駄よ」

「例えば昨日の夜」

「そ、それ以上はっ!」
「ほぉ〜……」
 ハルヒは俺の口を手で塞ぐ。

「わたしは彼の(禁則)を(禁則)したら(禁則)してくれた」

 ちなみに編集者は俺だ。そのセリフは……反則的だっぜ……っ!ハルヒは絶句。古泉も。残りの一人は……お茶をこぼしてしまっている。

「でもすぐにまた彼の(禁則)は(禁則)してわたしの(禁則)に……」

 そしてこれ以上は俺も聞いていない。なぜならハルヒが俺のネクタイを急に締め上げバタンキューしてしまったからだ。


 目を覚ます。みんなは一瞬心配の眼差しを向ける。……が、すぐに長門以外は怒りの色へと変貌する。俺が何したって言うんだ……。

「……わたしたちのことをうらやましがっている」


 またもや空白の時間を作ってしまうわけだが。その間に起こったことはなるべくなら思い出したくない。ハルヒから犬どころか奴隷宣言され、古泉からは……マッガーレ……。メイド服の人からはお茶ぶっかけられた。

 俺は今、あの人が着替えているので部室の外で待っている。なぜか長門も部室内にいるので俺はそれを待っているのだが……。

「あんたはあたしの奴隷だから」
「……そうか」
「………あんたってやっぱり有希と付き合ってんのね」
「まぁな」
「……右手、出しなさい」
「?……ほら」

 俺が右手を差し出すとハルヒは手首に紐を巻きつけた。ミサンガ?
「これ、あたしだと思って大切にしなさい」
「……どういう意味だ」
「そのままよ」
「……そうか」

 長門に怒られるだろうな、これ。

「今日から俺の右手はハルヒ……か」

 俺はあの事件を思い出し、独り言を呟く。……って、聞かれたらやばいんじゃないか?!

「そうねぇ……あんたの右手はあたし……なんかいいわ、それ」
 おいおいおい?!止めてくれよ!?
 
 長門が出てきた。じゃあな、ハルヒ
「……」 
 ハルヒは一瞬何か考えたような振りをする。
「ん……?じゃ、じゃあね!」
 走り去って行くその背中は……嫌な予感がする。

 じゃあ長門、帰るか。
「……」
 このうなづきは同意の合図だろう。

 普通に家に帰る。長門の家には寄らなかった。家族がどんな反応をするのか心配だったが、皆はまるで俺がずっといたかのような反応を見せた。ふむ。こういうことか。俺はあることを忘れてぐっすり眠ってしまっていた。


 朝。威勢の良い声に起こされる。妹よ、もうちょっと小さい声で起こしてくれ……。
「早く起きなさい!」
 ってあれ?!ハルヒ!?まさか………やっぱりか。右手を見るとそこにいるのはハルヒさん。有希の時と違い、素っ裸じゃないのはせめてもの救いか。

「今日も学校行くわよ!」
 ……?お前、驚いてないのか?
「あんた何言ってんの?いつもこうじゃない」

 わけが分からんがとりあえず学校に行こう。歩きながら話を訊くか。

 ……どうやらハルヒは記憶を封印してしまったらしいな。生まれたときから一緒っていう設定らしい。さらにはずっと皆には隠し通しらしい。……なんて自分勝手な設定なんだ。

 学校に着く。周りの環境は一切変わってないみたいだな。岡部曰くハルヒは休みだ。……いや、ここにいるんだがな。それにしてもこいつは元気だ。授業中はずっと鉛筆握ってスラスラ書いてるぞ。

 昼休み。長門の誘いを断腸の思いで断り、屋上で弁当をつまみながらハルヒと話す。
「なぁハルヒ
「何?」
「元に戻りたいとは思わんか?」
「元に戻ったら……あんたとは一緒にいられない気がするわ」
「……そんなに俺と一緒にいたいのか?」
「そうに決まってるじゃない」

 ……俺は何も言い返せない。有希の時と状況が酷似していることに気付く。

「まぁ、あんたは小さい頃から根性無しだからいつも根性付けてあげてるのがあたしの役目みたいな感じよね」
「ほぉ。どういう風に?」
「いくわよ……」

 ハルヒはスゥ、と大きく息を吸う。俺の耳元まで来る。まさか……?!

「こんじょー出しなさぁーいっ!!」

 耳鳴りがするくらいうるさい。これで根性出たのか?
「出たに決まってるじゃない。あたしの声は鶴の一声よ」
「……そうか」

 いつものハルヒもこんな感じで素直だったらいいのにな。正直いってこれは可愛いな。……長門とはまた違うジャンルだ。

 そんなこんなで弁当を食べ終わり、その後は放課後までの授業中、ハルヒは鉛筆と格闘していた。なんか微笑ましい……。

 放課後。部室へ着くなり、皆は俺を神妙な面持ちで見ていた。ハルヒ絡みのことだろうから古泉は知っているだろう。もちろん長門も。……あとは知らん。しかし、ハルヒと俺は今は文字通り二心同体なのでアプローチも何もかけてこない。助けも求められない。どうやら今回は俺一人で悩まなきゃいけないみたいだな。いつもなら古泉やら長門やらが活躍してくれるのだが、今回ばかりはどうにもならないだろうな。……よし。頑張るか。

 俺は心の中で密かに決心した。その瞬間、ぼそり、と長門が呟いた。

「……しばらくさせてあげない」
 恨むぞハルヒ

 もしかしたらこの言葉は俺を焚きつけるための言葉か?まぁ、いい。俺は焚きつける為だと勝手に解釈させてもらう。

 ……どうやら俺は団長というポジションにいるらしいな。ハルヒの記憶では。ハルヒに促され、団長席に座る。案外眺め良いな、ここ。

 ちらりとハルヒを見やると、何かゴソゴソしている。何やってんだ?
「"いつもの"よ……恥ずかしいからこっち見ないで」

 ハルヒの記憶の中での俺はいったい何をさせているんだ?パソコンが起動したので左手でテキトーに文字を打ってみたりしていると、どうやらハルヒの準備は終わったようだ。

「じゃーん。はい、どう?」

 そこにはメイド服姿のポニーテールハルヒがいた。……この組み合わせは無かった。良いな。
「あんたがやれっていうからやるのよ?」
 ハルヒの記憶の中の俺、ナイス。あなたは良いアイデアをお持ちのようだ。
「……そんな目で見ないでよ」

 ……仕方が無いんだ。だが俺は脳内にharuhiフォルダを作るつもりはない。なぜなら俺には長門がいるからだ。俺はチラリと長門の方を見る。……オーラが……見える……言葉で形容するなら……ゴゴゴゴゴゴ……か?怖いぞ、長門

「ねぇ、もっとあたしの事見てよぉ〜」
 う、ぐぅ、む。分かったから俺を叩くな。

 その日の活動はそれだけで終わった。家に着く。風呂に入る。(かなり苦労した)飯を食う。さて寝よう。……こうして俺とハルヒの超共同生活は始まったといっても過言ではないだろう。

 さて。
 俺はどうやってハルヒを元に戻そう、なんか良い案は無いものか、と思案した。しかしその良い案とやらを思いつくのにそれほど時間はかからなかったのだ。なぜかって?それは後々に説明することになるんだろうな。とにかく、俺は長門との甘い生活を取り戻すために必死になったってことだ。


 ……俺だってやるときゃやるんだぜ?


第14話『ど根性右手』〜終〜


キョン「次回予告!
   俺の苦悩の日々。そして……」
長門「おつかれさま」
キョン「それにしても、もう右手が変わるなんてこりごりだからな」
長門「そう」
キョン「……次は古泉だ、なんて無いだろうな」
ハルヒ「無いわ」
長門「無い」
キョン「……なら良かった」
長門「早く元に戻って」
ハルヒ「あたしはもう少し長く居たいんだけどなぁ……」
キョン「仕方が無いことだ」
長門「最終話『愛の果てに』」ギュ
キョン「乞うご期待!」ギュ

ハルヒ「……今回で予告も終わり、ね……」