第8話『はじめてのゆうえんち』


 さて、寝る前にすべきことがあるな。
 明日は日曜日。今の俺に対して日曜日という言葉は心底緊張させるものにある。なぜなら、俺には今恋人といっていいのかは分からないが、お互いに好きだと言い合った仲の長門がいるからだ。これは一般的に見て、恋人と言えるのだろうか?一般的という基準が日々の非日常な生活により狂いつつある俺には、それを確認する術は無い。
 だってそうだろ?
 今なら古泉が「今度は異世界人がやってきました。マッガーレ王国の王子のようです」とか言ってきても俺は信じそうになる。普通の人間じゃ考えられないことだろ?さすがに「未来人」、「宇宙人」、「超能力者」、そして古泉が言う「神」が集まった団に俺がいるのは明らかに不自然じゃないか?でも人間ってのは本当に凄いもんだ。どんなに悪い環境だって、それに慣れちまえばどうってことは無い。
 つまりはそういうことさ。
 ……一応言っておく。俺はこの環境は悪いとは思ってないぞ。スウィートなメイド服で俺にお茶を御奉仕してくださる朝比奈さんがいるし、ニヤケ顔は俺には合わんが、結局のところ一番俺達を心配してくれている古泉もいるし、いざって時には一番頼りになる俺がぞっこんな長門もいる。ここまでだとおい、プラス面が大きすぎるじゃないか!って怒り心頭に身を震わせている奴もいるだろうよ。でもな、SOS団長様、その名も涼宮ハルヒ様がそのプラス面を、プラスマイナスゼロあたりにまで戻してくれやがる。おかげで俺のサイフは万年そこらのガキンチョよりも軽くなってやがる。まぁ、あいつにも少しは可愛げのあるところはあるがな。……寝てるときとか、な。性格を抜きにすりゃあ満点なのに、もったいない奴だ。

 ……っと少し話の路線がずれてしまったようだ。つまりは、明日は日曜日なので、長門をどこかに誘おうということだ。
 今の時刻は9時半ごろ。相談の電話ならまだ間に合うだろう。誰に電話しようか。俺は脳内会議を開く必要がありそうだ。
 まず一人目が「女の扱いに慣れてそうな谷口だ」と言っている。有り得ん。たしかに"情報だけなら"詳しそうだが、所詮実体験はなさそうだ。というわけで谷口案は却下。
 次に二人目が喋る。
「国木田なんてどうだ?いつの間にか彼女作ってそうだぞ」
 うむ、確かにそうかもしれんが、国木田なんてどうせあれだ。「キョンが一番行かせたい所に行くべきだよ」とか、結局何も変わりやしない返答をよこしそうだ。国木田案も却下。
 さて、残るは古泉か?それともコンピ研部長氏か?コンピ研部長は、電話番号さえ知らん。てか友達じゃねぇ。ただの隣人だ。はい却下。じゃあ古泉か?……案外俺って友達少ねぇな。中学時代のやつならけっこういるんだが……。
 3人目までもが喋りだす。
「やっぱり古泉だ。あいつは顔がいいからな、経験も豊富そうだ」
 ……確かにそうだが……。あいつはどっちかっていうとあっちの経験のほうが豊富そうだな。公園のトイレの前のベンチとか。……まぁ、機関がらみでも良く知っているだろう。よし。古泉だ。

 俺は携帯を取り出す。携帯って左手でも結構使いやすいな。前もって登録しておいたので、電話帳から探す。
 『古泉』
 お、あった。決定ボタンを押す。
「はい、なんでしょうか?」
 早!ワンコール鳴る前じゃないか?鳴ったと同時に出たぞ?
「あなたからの電話でしたので、珍しいな、と思いまして」
「それ、答えになってねぇぞ……まぁ、いい。ところでだな古泉、出かけるのにいい場所知らないか?」
「誰と行くんですか?年齢は?」
「そうだな……さしずめ当たって、従姉妹、とかな。小学生の女の子だな」
 俺は心の中で長門を従姉妹扱いと小学生扱いしてしまったことを必死に謝る。
「そうですねぇ……買い物、なんてどうでしょうか」
「う、それは今日行ってきたんだ」
「今日?今日は不思議探索の日ではありませんでしたか?」
「……俺の親と行ったらしい」
「……そうですか、じゃあ……無難に遊園地なんてどうです?」
「遊園地か……小学生なのに喜ぶのか?」
「小学生といえばまだ子供ですよ?喜ぶに決まってるじゃありませんか」
「そうか……俺の無知を晒してしまったな」
「いえいえ。ところで僕も行っていいですか?」
「待て。お前は駄目だ」
「なぜです?」
「お前……ロリコンか?」
「いやいや、確かにストライクゾーンに入っていますが、ロリコンではありませんよ」
「それはもう既にロリコンだろ……」
「違いますよ、僕が言っているのはあなたの従姉妹のことではなく、あなt」
「とにかく、お前は駄目だ」
「……いいでしょう。またの機会に」
「あぁ、ありがとな、古泉」
「どう致しまして。それでは、マッガーr」
「じゃあな」
 俺は古泉の言葉を遮る様に別れの言葉を言うと、すぐさま会話終了ボタンを押した。

 よし。明日は遊園地だ。それも長門と。ワクワクする気持ちと、ドキドキする気持ちとが混じり合って、なかなか寝れない。……俺は明日に遠足を控えた小学生か?

「寝れない?」
 有希が聞いてきた。あぁ。
「明日はゆうえんち?」
 そうだ。
「はじめて」
 ……そうか。じゃあ長門もそうなんだな。
「……そう」
 有希は少し、悲しそうな表情をして言った。なぜだろう?
「もうひとりのわたしが……うらやましい」
 うらやましい、って有希も行くんだぞ?
「……そうではない」
 どういう意味だ?
「……もういい」
 え?
「……鈍感」

 俺にはなぜ鈍感と言われたのかは分からん。とにかく、有希は何か勘違いしてるんじゃないのか?こいつは置いて行こうにも置いて行けないだろうに。

 俺は疑問符を頭の上に浮かべたまま寝た。

 ……朝だ。時計を確認すると、なんともう7時半だ。長門に電話する。……電話するには早すぎたか?
「……」
 長門もワンコールくらいに出た。早い。なぁ、長門
「なに」
 寝ぼけているような声だ。今日、空いてるか?
「空いてる」
 じゃあどこか行かないか?
「……いい」
 それはオーケーということでいいんだよな?
「いい」
 さて、どこに行くかだが……実はもう考えてあるんだ。
「……どこ?」
 遊園地だ。
「ゆうえんち……はじめて」
 やっぱそうか。何時ごろに迎えに来たほうが良いか?
「……9時」
 分かった。9時だな。
「そう」
 あぁ、またな。
「……」

 ……さて、そろそろ俺は準備でも始めようか。朝飯を食べている間に妹から何度も「どこ行くの〜?」だとか、「誰と〜?」だとか聞いてきたが、全て無視した。だって行く場所は遊園地だぞ?言ったら絶対に行きたいと言って聞かなくなるに違いない。孤島のときもそうだった。あのときは確か……バッグの中に入ってたな。今回は注意せねばな。お、妹が俺が持っていく予定のバッグに入ろうとしている。お前はエスパー伊○か。これ以上、超能力者はいらんぞ……って、おい!
「えへへ、ばれちゃった」
 連れてかないからな。お前が行っても楽しいところじゃない。
「そうなの?」
 あぁ。
「……その目は嘘ついてる目だよ」
 ゲッ!
「……そうなんだ……」
 カマかけやがった!俺の妹が。
「どこ行くの〜!?」
 教えん。
キョンくんのけち!」
 けちとでもなんとでも言ってくれ。俺は無視し続けるからな。
キョンくんひど〜い!」

 この後もしばらく妹が俺にいろいろ言ってきたり抱きついてきたりしたが、全てを無視する。シャミセンよ、せいぜい妹にかまってやってくれ。

 寝癖を直すのにいつもの2倍の時間はかけて、部屋に戻ると携帯が鳴った。……メールだ。誰からだろうか?……長門、か。

 タイトル:ゆうえんち 楽しみ
 内容:弁当はわたしが持ってくる

 ……なんかずいぶん簡素なメールだな。なんて長門らしいんだ。俺も返信を打つ。俺はぽちぽち携帯のボタンを押す。……できた。

 タイトル:Re:ゆうえんち 楽しみ
 内容:楽しみにしてるぞ。

 うむ、簡素。郷に入れば郷に従え。そういうことだ。長門のことだからな。多分カレーでも弁当箱に入れてくるだろう。長門はカレーにかけての情熱は人一倍凄いからな。これは最近知ったことだが。以前、部室で何気なく長門に話しかけてみた時の話なんだが―――

「なぁ、長門。いつもカレー以外に何食べてるんだ?」
「キャベツ」
「それも抜きで」
「……」
「もしかして……無い、のか……?」
「……」
 長門は一般人でも分かるくらいに首を縦に動かした。
「"カレーとは何ぞや"」
「は?」
「その一言から始まった」
 意味が分からん。
情報統合思念体もカレーに興味を持っている」
「……マジか?」
「そう。カレーの世界は奥深い」
「どれくらいだ?」
「底なし沼、と称してもいい」
 間髪いれずに長門は答える。そのカレーにかけた気迫に俺は押される。
「あなたもカレーについてもっと知るべき」
「……毎日カレー食ってて飽きないのか?」
「わたしはカレーを愛している」
「……そうか……」

 こんな感じだった。ちなみに、そのあとカレースープは外道だとか、カレーうどんはおいしいだとか、いろいろノロケ(?)話を聞かされた。ここまでカレーに熱があるんなら、誰も口出しできない。できるはずが無い。

 おっとそろそろ時間だ。俺は自転車に跨り、颯爽と長門のマンションへと向かった。

 着いた。今の時刻は?―――8時50分か。まぁまぁだな。少し早いが、正面玄関で708、とナンバーを押し、長門の反応を待つ。

「……待ってて」
 あぁ。

 しばらくすると、長門がやってきた。服装は――――真っ白なワンピースに緑色のサンダル。本当に似合っている。っておいおい、まさかそれは弁当か?少し……いや、かなり大きすぎやしないか?
「そう」

 長門は旅行用バッグらしき、下にゴロゴロがついているバッグに入れてきたようだ。さすがに大きすぎるだろ。もはや弁当の域を超えている。パッと一見しただけで20人前はありそうだぞ……?まぁ、いい。そのバッグに入っているのが全て弁当だとも言い切れんからな。実は中の弁当箱は普通のサイズでしたー、なんてな。
 ……長門はあまり冗談を言う奴じゃないってのは分かってる。この冗談はあわよくば俺の希望であるが、逆に言えばこの大きさは俺への愛の結晶……って何言ってんだ、俺。

「と、とにかく行こうぜ」
「……」
 首を数ミリ縦に動かす。この合図は俺にしか分からないだろうな。

 駅で遊園地近くまでのキップを買い、それに乗り、遊園地に着いた。この過程は省かせてもらう。なぜなら、何もおかしいことは起こらなかったし、俺も長門も有希も終止無言だったからである。そもそも、省く内容が無いな。
 あぁ、そういえば遊園地に近づくにつれて、どんどんとそわそわしていく長門が見られたな。

 ―――遊園地に着いた。まずはチケットか。時間をかけないためにもフリーパスを買っておこう。有希の分は、いらないよな。

「フリーパス、大人で2枚」
「ありがとうございます。4000円になります」
 案外高いな。遊園地ってこんなもんか?俺は黙って千円札を4枚渡す。フリーパスを貰う。ほう、フリーパスってのは手首にはめるのか。腕時計みたいだな。長門もフリーパスを手首に装着する。

長門、どこから行く?」
「……ここ」
 俺がマップを広げ、長門が指を指す。いきなりジェットコースターか。
「乗ってみたい」
「わたしも」
 有希も同意見のようだ。よし、決定だな。

 ……あれ?全然人がいないな。どこも並んでる人が1,2人くらいだ。この時期は人が少ないのか?

 フリーパスを係員に見せて、大きな荷物を預け、ジェットコースターに有希を挟むようにして乗る。座るタイプのジェットコースターだ。

長門……怖いか?」
「分からない……」
 ……正直言って俺は怖い。なんてことは当然口にできるはずが無い。実は俺、ジェットコースターは苦手なんだ。あの浮遊感がたまらんっていう奴は多いが、俺は嫌だ。背中にゾワゾワ来るのが嫌だ。

「なぁ、有希。お前は大丈夫か?」
「たぶん、へいき」
 そうか。

 発射のベルが鳴る。なんか雰囲気出てるな、これ。ガタン、とコースターが揺れ動きながら前へと確実に進む。坂を上る。ガタン、ガタン、と階段を一段づつ上っていくかのようにゆっくり進んでいく。そろそろ頂点だ、というところで長門が俺のシャツの袖をギュッと握った。あぁ、やっぱ長門でもこういうのは恐いんだな―――

 ってうあああああああああ!!!!
 俺がほんわかな気分になった瞬間に一気に下方向へと加速した。ジェットコースターがレールの上を縦横無尽に駆け回っている最中も、長門は俺の袖をしっかり握っている。まったく、なんて可愛い奴だ。だが、今それを気遣う余裕など俺には無い!うぁああああああああああああ!!!

 ……やっと止まった。気絶するかと思った。
「……案外怖くない。刺激が足りない」
 嘘こけ。思いっきり俺の袖を握ってたくせに。もちろんこのセリフも口には出していない。
「わたしにはよく分からなかった」
 だろうな。右手じゃ不自由だな。
「……そう」
 有希は悲しい表情をして言った。なんだか俺は有希の悲しい表情ばかり見ている気がする。なぜだ?考えても答えは出ない。俺はそんなに鈍感なのか?自分ではこれでも敏感なほうだと思うがな。

 ……気分を変えよう。俺はマップを広げ二人に訊く。長門、有希、次はどこ行く?
「「ここ」」
 おぉ、声がハモった。指差した場所も同じだ。……お化け屋敷?
「いってみたい」
「こわい?」
 有希が訊いてきた。
「俺は大丈夫だ」
 なんていうのも建前だ。俺の本音は……怖い。なんかさっきから怖がってばっかだな、俺。とにかくここの遊園地のお化け屋敷は怖いことで有名なんだ。本物も出たことがあるらしい。ここにハルヒが居なくて良かった。もしハルヒが居たならば、真っ先に俺をそこに派遣し、写真を撮らせてくるだろう。俺はそんなのまっぴらごめんだ。怖いからな。だが、今の状況を見てみろ。長門と有希と一緒にそこへ行かねばならんのだ。幽霊がもし出たとしても、長門ならなんとかしてくれそうだが。

 んじゃ、入るか。
「「……」」
 二人とも数"センチ"頷いた。なんだか張り切ってないか?二人とも?
「……無い」
「そう。わたしも」

 とにかく、入ってみるが、やっぱ怖いな。なんだか日本風なお化けがたくさん居る。ってうわぁ!上からこんにゃくが!なんてまぎらわしい!

「う〜ら〜め〜し〜や〜」
 うあぁ?!……いきなり耳元で聞こえてくるんだから怖いに決まってるじゃないか。

 なんだか雰囲気がより暗くなった。長門が俺の腕にすがりつくように抱きついてくる。昨日のあれとは大違いだ。なんか、今日のは俺を頼りにしてくれてるような……そんな感じだ。ふるふると小さく震えている。……怖いのか?
「……怖くない」
 口ではそう言ってるが、俺の腕は離してくれない。いや、離さなくていいんだがな?けっこう気持ちいいし……って俺は変態か。

 有希は怖くないのか?
「怖い」
 その一言に全てが集約されている。有希が怖がってる。そういえば有希は、こういうの苦手そうだからな。
「……そう」
 両手を胸の前で指を交差させ、何かにお祈りするような形で震えている。もし、こいつが俺の右手なんかじゃなく、一人としての人間だったら、今の長門のような反応を見せてくれただろうに。すがりつく相手が居ないもんだから、ひとりで震えている。

 ―――光だ。出口か?その光目指して歩いていたら、いつの間にか俺(と有希)と長門は外に出ていた。こんな安心したのはずいぶん久しぶりのような気がする。

 俺はマップを広げる。次はどこだ?
「「ここ」」
 そのアトラクションへ行き、体験し終えると俺はまたマップを広げる。次は?
「「ここ」」

 こんな繰り返しを数十回繰り返し、とうとう最後のアトラクションになってしまった。そのアトラクションは、観覧車、だ。
 気が付けばもう日は落ちかけ、遠くにそびえるジェットコースターが真っ赤に染まっている。……見事な夕日だ。
 次第に段々と暗くなっていく。いつしか先ほどまでジェットコースターが浴びていた赤い夕日は無く、代わりに遊園地内の電灯がポツポツと着き始める。そんな感動的なシーンを、俺達は観覧車の目の前で鑑賞する。

 ……乗るか。
「「……」」
 長門と有希は首を縦に数ミリ動かす。係員にフリーパスを見せる。ニヤニヤした目で見られる。
って!お前、古泉?!
「いやぁ、奇遇ですね。僕はここでバイトしていたんですよ」
「……嘘つくな。機関かなんかだろ」
「それはいいとして、従姉妹と一緒じゃなかったんですか?」
 古泉のニヤニヤスマイルが頂点に達する。ついでに俺の嫌な予感も。
「それは……」
「やはり嘘でしたか。本来の目的は長門さんとのデート、ですね?」
「うぐ……」
 俺は後ろをチラリと見る。俺と係員がコソコソ話をしているのを見て、長門は不思議そうな顔をしている。
「口止めとしてですね……今から僕とこの観覧車に乗る、というのはどうですか?」
「……何が目的だ」
「簡単なことですよ。それは、あなたと」
「……パーソナルネーム、古泉一樹を敵性と判定。」
 長門が古泉だということに気づいた。
「当該対象の有機情報連結を解除する」
「ちょ、ちょっと待ってください、長門さん!」
「もんどうむよう」
 足元からサラサラと砂粒のように連結を解除されていく古泉。
「……悔しいですが、長門さんとお幸せに。それでは、マッガーr」
 どうやら最後まで言えなかったようだ。さよなら、古泉。ところで長門、古泉を消してよかったのか?
「……連結を解除……記憶を一部抹消……再連結。」
 ……古泉はどこだ?
古泉一樹は現在、自宅で寝ている」
 そうか。本物の係員はどこだ?……いた。さるぐつわをされて、ズボンが脱げかけている。なぜ?俺は係員のお兄さんを助けてやると、俺を怯えるような目で見てきた。
「ひぃっ!」
 俺が何をした?おい、待て!
「も、もうやめてくれぇっ!」
 係員は逃げていった。……古泉め、いったい何をしたんだ?多分この謎は俺の人生でもベスト50には入るだろうな。

 さて、観覧車に乗るか。他の係員がやってきて、何事も無かったように再開している。

 俺(と有希)と長門は向かい合う形で観覧車に乗り込む。ドアが閉まる。少しずつ大きな円周を描きながらも、確実に上方向へと上がっていく。なんか不思議な気分だ。しばらく無言だったが、ちょうど乗り込んだ位置の真上、つまり最頂点に達しそうになった瞬間、長門が近づいてきて俺に真正面から抱きつき、キスをしてきた。長門はすぐに離れる。その表情はどこか寂しげだ。

「右手……」
 長門は呟く。あぁ。右手をワンピースの上から入れて、すぐに取り出す。じゃないと俺の理性が持たん。俺の右手は戻っている。指一本一本が懐かしく思える。

 目の前の長門は……俺の推測が当たっていれば、「潜在能力開放暴走長門有希モード」では無いのだが、まぁいい。顔が少し火照っているように見える。俺の推測はハズれたか?

「キス……」
「……」
 長門は俺の首に腕を廻す。俺は長門の肩を抱く。長門の唇によって俺の唇が塞がれる。

「んむ……っ」
 ?!長門が……舌を出してきた……?俺の唇にチロチロと長門の舌が当たる。やっぱり俺は朝比奈さんの言うとおりヘタレなんだろうな。俺は駄目だ、と思って長門を引き剥がす。

「なぜ……?」
 そりゃあ、まだ早いだろ……?
「……」

 次の瞬間、長門の口から思わぬ言葉が飛び出る。
 

「――――がまんできない」

 俺の体が硬直する。これは比喩なんかではなく、本当に、だ。朝倉が襲ってきたときのようだ。

 ジワリジワリと狭い観覧車の中で近寄ってくる長門。なんか、怖いぞ……?

「それは許可していない」
 ……長門?何言ってるんだ?
「わたしはもうがまんできない」
「だめ。さもないとあなたの情報連結を解除する」
「でも……」

 一人で二人分喋っている。どういうことだ?
「わたしはあなたの言う"長門"。今は有希がこの体を支配している」
「は?お前ら、同一人物じゃなかったっけ?」
「正確には、違う。あなたと一緒に居る時間の差と行動の範囲の差により、違いが発生した」
「つまり……別の人格を持ったってとこか?」
「そう」

「……わたしはもう一人のわたしに嫉妬している」
「なぜだ?」
 ちなみにどうやって二人を見分けているかというと、有希になったときは頬が赤くなるのを目印にしている。
「もう一人のわたしはわたしよりもあなたに優遇されているから」
「そ、それは……これからもっと良くしていくぞ?」


「……もうおそい」
「……!」


 その瞬間―――目の前が真っ白になり―――視力が戻る。

 ここは……どこかの公園のようだ。そうだ、長門はどこだ?!有希は?!右手を見る。有希がいない。

 周りを見回す。……電柱の前に長門が佇んでいる。俺は駆け寄ろうとする。そこで気がついた。


 ………長門が二人いるぞ?!

第8話『はじめてのゆうえんち』〜終〜


キョン「次回予告!
   長門が二人?!何が起こった?!」
長門「……」
キョン「……」
古泉「おや?どうしたんですか?なにやら暗いですね」
キョン「……(空気読めよ……)」
長門「連結解除……」サラサラ
キョン「……(さよなら、古泉)」
長門「しばらく会えない……」
キョン「……なぜだ?」
長門「第9話『新たな世界』」
キョン「……乞うご期待」