第6話『愛の証明』

 昼休みにSOS団室でちょっとしたトラブルがあったが、ともかく楽しい弁当の時間を過ごせた。少なくとも俺は満足しているつもりだ。俺の弁当はいつも母さんが作ってくれるわけだが、実は俺の母さんの弁当は物凄くうまいのだ。どれくらいかというと、これで店を出せるんじゃないかってほどに。身内びいきが1割ほどあるかも知れんが、とにかくうまい。あのハルヒもうまいって言ったしな。
 ……なんで弁当のことばっか考えてるんだろうか、俺は。

 そんなことを考えているうちに教室に着いた。それにしても俺の隣があの長門なんて、信じられん。

「ちょっとキョン!」
「ん、なんだ?」
「着いてきなさい!」
「おい、授業始まるぞ?」
「関係無いわよ!」
「いや、無くは無いだろ」
「うるさい!」

 俺はハルヒにあの階段に連れられてしまった。今日、2度目だな。ここに来るのは。

「あんた……有希になんかした?」
「は?……いや、何も……」
「嘘。あんたの顔に出てるわ。マヌケ顔。」
 マヌケ顔は余計だ。

 俺は顔に出るほど相当動揺していたのだろう。そりゃあそうだろう。俺は長門みたいに常にポーカーフェイスでいられないし、古泉のようにスマイルでごまかすこともできない。
 つまり、だ。この罠はなんのアイテムも持ち合わせていない俺にとって回避不可能な罠だ。

「……で、何したわけ?」
「何もしてねぇよ」
「いいなさい。じゃないと死刑よ。」
「まず、言うことがないからな」

 いや、これは本当だ。
 まず、俺の右手の件については、最も禁則事項的な項目だ。よってそれに続く昨日の長門のマンションでの行為も禁則。話すことが無いわけだ。無理無理。

 ってなわけで、教室に戻るぞ。
「ちょっと!どういうわけよ!」
「俺も知らん」
「……本当に知らないのね?」
「あぁ、マジだ」

 なんか俺もよく分からなくなってきた。俺の右手の有希はもとの長門の潜在能力開放的なスーパーデンジャラスなアイラブユー……みたいな感じか?

 とにかくハルヒと一緒にまた教室へ。おっと授業中だ。……ハルヒは何事も無かったかのように後ろのドアをガラッと開け、教室に入り、自分の椅子にドカッと座った。教室がざわつく。すまん、先生。
 俺もあとを追う。ここまでシンプルにやるとはさすがはハルヒといったところか。俺も椅子に座り、他の奴、特にハルヒに聞こえないように長門に話しかける。

「なぁ、長門
「……何」
「少し俺に冷たくしてくれないか?」
「なぜ?」
「またハルヒ絡みだ」
「……そう」
「頼む」
「……」

 長門は首を縦に1ミリほど動かした。これは長門流の了承の合図だ。多分俺にしか分からないだろうがな。……しかしやはり、その返答は俺をなんだか寂しくさせた。
 ……有希が顔を覗いている。
(どうした?)
(寂しそうだった)
(そうか)
(そう)
(……ところでここはどうやって解くんだ?)
(ここでこうすればxの値が出るからそれをこことここに代入してそれを……)
(すまん、もう一回最初から頼む)
 こんなやりとりをずっと繰り返していた。

 ……気がつけば授業の終わりのチャイムだ。さて、SOS団の部室に行くか。

キョン!あたし今日掃除当番だから遅れるわ!」
あぁ、分かった。
「有希になんかしたら死刑だから!」
しねぇよ。
「されない」

 まぁ、いい。とりあえず部室に行こう。……ノックする。返事が無い。誰もいないのか?ドアを開ける。やっぱり誰もいない。

 ……さて、と。俺一人だし、やることが無いな。お茶でも淹れるか。有希、手伝ってくれ。俺の右手が勝手に動く。包帯がパラパラと地面に落ちる。

「……」
っておうぁ!……長門、いつからそこにいた。
「最初から」
……俺の後を着いて来てたのか?
「そう」

 ……いつぞやと同じ状況だ。まるで忍者だな。忍者といったら伊賀だ。どこにあるかは知らんがな。

「……右手」
は?なんでだ?
「昨晩の行為から18時間が経過した。だから、元に戻す」
あぁ、あれか。……俺はどうすりゃいい?
「ここに立って」
ん?ここか?
「そう」

 指定された場所はドアの目の前だ。俺はドアと真正面から向き合う形となった。そして長門は俺の目の前に来る。目の前は長門の髪の毛でいっぱいだ。つまり、長門は俺に背を向けている。

「右手を出して」
 俺は言われるがままに右手を差し出す。

「ってうぉあ!なにやってんだ!」
なんと長門上着を下からずりあげ、そこに俺の右手を入れ込んだ。

 これじゃあまるで俺が後ろから胸を揉んでるみたいじゃないか。
「二人きり……ならいい」

 長門は瞬時に早口言葉を逆再生したような呪文らしき言葉を口走った。

「あなたの右手は戻った」
 なぁ……長門……当たってんだが……手のひらに……。

「あてている」

 ん?もしかして今、潜在能力開放暴走長門有希モードか?なんか物凄く長い名前だが、俺にネーミングセンスが無いのは既知の事実だ。それにしても、柔らかい。やわらかい。やぁらかぁーい。なんて、脳の思考回路が溶けてしまいそうなほど超強力な二つのちょっと小振りな有希見大福は、それはもう俺の理性をシューマッハを超えるほどのスピードで壊していく。
 も……揉みてぇ……っ!

 人差し指で触れてみる。今までに感じたことの無い柔らかさ。
「……ふぅ」
 長門はなんだか色っぽい、艶が入った声を出した。
 俺 の 理性 は 100000 の ダメージ を くらった !

長門……っ!」
「……キス……しても、いい」
「……俺は別にしなくてもいいが……?」
 朝の羞恥プレイのお返しだと言わんばかりに焦らしプレイで返してやった。
「……いじわる」
 長門がなんだか目の前においしそうな食べ物があるのに、それが食べられないディスプレイだと初めて知った時のような、そんな顔をした。すまん。なんか比喩が分かりにくくて。
 とにかく可愛かったってことだ。

 俺は右手を長門の制服から抜き取る。さすがにこれ以上右手を滞在させては、ビザが切れる。というか、理性がプッツンする。そして俺は両手が自由になった。今なら空も飛べる気がしないでもないが、……いや、気のせいだ。

 と、急に長門が抱きつくような姿勢で俺の首に両腕を掛ける。あまりにも急だったので勢いで顔が下に下がる。そこで、長門のキス。焼け付くような、唇同士を押し当てるキス。長門は爪先立ちをして身長差を埋めていた。キツそうだったので、唇を離さないまま、長門の体を抱き寄せる。やっと長門の顔を見る。目を閉じて、どこか安らかそうな顔だ。嬉しそうにも見える。
 あぁ、こんな幸せな時間がずっと続けば、などと考えてしまうのは必然だった。

 その時だった。
 ドアが開き、朝比奈さんが顔を覗かせた。
「こんにち……わぁぁああ!」

 朝比奈さんはこれ以上ないんじゃないかというくらいの驚いた顔を見せた。確かに『こんにちわ』という言葉の並びはいつもと同じだが、イントネーションが全然違う。月とスッポンだ。どっちが月でどっちがスッポンかは知らんが。

「な、ななな、何をしてるんですかぁー!」
「……キス」
 長門は俺に抱きついたまま首を横に動かして朝比奈さんの方を見て、言った。
「わたしが言いたいのはそういうことじゃなくて――――」
「どういうこと?」
「うぅ!とりあえず正座してくだ…しなさいっ!正座っ!」
 ここまで取り乱して怒っている朝比奈さんははじめて見る。恐くは無いが、とりあえず言うことに従っておこう。俺と長門は朝比奈さんの前にしぶしぶ正座した。

「わたしが言いたいことはたっくさんありますぅっ!だから今日は全部言わせて貰いましゅぅっ!」
「……」
「……」
 長門と俺は黙りこくったままだ。朝比奈さんは俺達に説教を始めた。
「あなた達は少し……ううん、とても、過激すぎましゅっ!わたしたちの部室でキスをするなんて、酷すぎますぅ!そもそもあなたの右手の長門さんはなんなんでしゅかぁ?!見せてくだしゃーい!」
 朝比奈さんが俺の右腕の袖をめくる。まだ有希に戻ってませんように……。
「……あれ?」
 ……まだ戻ってなかった。
「……どういうことですかぁっ!?」
「あなたの幻覚じゃなかったんですか?朝比奈さん」
「……そう、なんでしょうかね……?」
「そう」
 長門も相槌打ってくれた。ナイス。

「……それはいいとしてぇっ!あなたたちは過激すぎますぅ!」
「それはさっきも聞いたような」
「う、うるさいぃ!………ですぅ」
 朝比奈さんが段々と涙目になってきている。声もなにかしら涙声っぽい。
「そもそも、キョンくんは不甲斐なさすぎでしゅっ!甲斐性なしでしゅっ!へたれでしゅっ!鈍感すぎましゅっ!」
 う。ぐさ、ぐさ、と俺の心に朝比奈さんの言葉が突き刺さる音が聞こえる。
「……わ、わたしの気持ちも知らないでぇ……ぐすん」
 え?それはどういうこと……?

「ひっく、ひっく………ふぇぇ、ふぇえええん」
 とうとう泣き出してしまった。俺のせい……じゃないよな?

「きょ……キョンくんのばかぁぁぁああああああ!!!」
 大声出して泣きながら去って行こうとドアノブに手をかける朝比奈さん。

 その瞬間、ドアが開いた。
「うきゃっ!」
 朝比奈さんはあろうことか、おでこをドアに打ち付けてしまい、床に倒れて込んでしまった。
「やっほー!遅れちゃったー!って……え?」
「……大丈夫ですか?!朝比奈さん!」
 俺は朝比奈さんに駆け寄って声を掛けた。
「み、みくるちゃん!大丈夫!?」
 駄目だ。完全に気絶している。
「おい、ハルヒ。ちょっと朝比奈さんを保健室まで連れて行ってあげてくれないか?」
「なんであたしなのよ。あんたが行けばいいじゃない」
 俺だといろいろ不都合があるんだ。一応男だからな。
「どういう意味よ、それ!あんたまさか……このエロキョン!」
「……エロキョンでいい、もう」
「……そういう妄想はあたしにだけ抱きなさいよ……」
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでも無いわ!行ってくる!」

 ほんの少しだけハルヒの顔が赤く見えたのは、朝比奈さんが怪我したのを見て動揺してるからだろうな。

 さて、ハルヒがいない間にやることがあるな。まずは……やっぱりな。もう有希が戻ってる。おかえり……なんつって。
「……ただいま」
 ちょっとだけ微笑んで俺の言葉にそれ相応の言葉を返す有希。……可愛い奴だ。じゃあ、いきなりだが、包帯グルグルだ。
「……そう」
 表情が一転、暗くなる。やっぱ嫌なんだろうな。早く開放してやりたい。そんなことを考えつつも全部巻ききってしまった。すまん。有希。

 と、またドアが開く。
「ちょっとあんたたち!みくるちゃんから聞いたわよ!」
「な、何をだ?!」
「いまさらとぼけたって無駄よ!ぜぇんぶ聞いたんだから!キョン!あんたいくら有希が可愛いからって一時の気の迷いに身を任せて襲っちゃダメじゃない!……本当はあたしを襲いたいくせに……ゴニョゴニョ」
「それは、違う」
 ハルヒの言葉の最後のほうが聞こえなかった。と、いうより、聞こえないフリをした、だな。何言ってんだコイツ?襲うとか、なんか勘違いしてないか?
「大丈夫?有希?キョンに何されたの?あたしが倍返しにしてやるわ!」 
 もし、あれをお前が倍返しするとしたら大変なことになるな。俺の理性とかが。

 ……今、俺は何を考えた?理性?なぜ俺がハルヒに理性を削られなきゃならんのだ。まぁ、いい。いつも考えないことを考えるなんて確実にどうかしてるな、俺は。
 よし、今日はいつもより早く寝よう。明日起きる頃にはいつものようにさわやかキョンくんでいられるさ。自分でさわやかって言うのもなんだがな。

「あんたはSOS団の大事な無口キャラなんだから、もっと自分を大事にしなさい」
「……あなたは勘違いしている」
「……何を?」
 ハルヒはすこし心配そうな顔をして長門を見る。
「わたしが襲った」
「………え?」
 ハルヒは驚いたような顔で、小さく、まさか……と呟いた。あぁ、長門よ。その一言でいろいろ大変なことになるんだが。
「間違いを訂正した。それだけ」
「ゆ、有希?なんで、キョンなんかを襲ったの?なにかの間違いよね?」
「彼を襲いたかったから」
「今日の有希は……ど、どうかしてるわ」
 なんか俺もそんな気がしてきたぜ。ま、まぁ……いい。とにかく今日は帰らせてもらおうか。
「まだ話は終わってないわ!」
 バン、と机を叩く音がした。セリフから言ってハルヒが机でも叩いたんだろう。
「有希、あんたキョンのこと好きだったの?」
 さっきの威勢とは正反対の弱弱しい声で、ハルヒは問う。
「……すき」
 長門からは人間が息をするのと同じくらい、当たり前だというような気概が感じられた。
「な……」
 ハルヒは思わず口ごもってしまったようだ。俺もそうなった。
「……ずるいわ」
 何がだ。
「有希だけ……ずるい」
 おいハルヒ……お前、なんで、泣いているんだ?
「ぅぅ……あたしはこんなにも……」

 一息ついて、ハルヒは続けた。
 その姿はまるで、初恋の相手にやっとの思いで告白をするような、淡い恋心を抱く、普通の女の子そのものだった――――


「……キョンのことを……好きなのにぃ……」
「……」
 俺は、驚きで言葉が出てこない。
キョン……キョン……うぅぅ」

 ハルヒの頬を流れる、一筋の、大粒の涙。

「……長門。ちょっと外してもらえないか?」
「……分かった」
 長門が部屋を出て行く。悲しげな背中が、俺に何かを訴えていた。どうやら俺は、それがいったい何なのか分からなかった。

 俺はハルヒの肩を抱く。
ハルヒ……お前の気持ちは分かった……」
「うぅ……キョンぅ……ぅぅう」
 嘘だ。俺はハルヒの気持ちなんかこれっぽっちも、1万分の1も分かってない。なのになぜ、俺の口からあんな言葉が出てきたんだ?ハルヒを安心させるためか?いや、違う。
 じゃあなぜだ?
 ……正直、俺にも分からない。俺は決定的な回答を持ち合わせていない……っ!俺は……今……何を考えている?何も考えられない。頭がパンクしてるみたいだ。分からないことが多すぎる。
 あぁもう……っ!ちくしょうっ!!!


 俺はハルヒの肩をもっと抱き寄せ、泣き顔のハルヒに顔を近づけ―――


 ―――俺はハルヒにキスをしていた。
 世界壊滅の危機を救った、あの日と……これで2度目だ。
 もうハルヒの目に涙は、無い。
 だが、ハルヒの唇から、振動として嗚咽が伝わってくる。その表情は―――どこか嬉しそうだ。


 ……俺はなぜキスをしている?ここは閉鎖空間じゃないし、これは罰ゲームでも無ければ、キスしないと死刑とかそういうのも、無い。
 じゃあ………なぜ?

 ―――理由なんて、いるのか?……だめだ。何も考えられん。

 ハルヒは何時の間にか、俺の首に両腕をかけていた。
 俺はなんだか恐ろしくなってハルヒを突き放した。
 そして、ハルヒは口を開いた。

「あんたも、あたしが好きだったのね……」
「俺は……それはよく分からん。ただ―――」
「ただ?」
 俺は心の中で必死に祈る。
 お願いだ―――俺がこれから言うセリフを聞いて、悲しまないでくれ―――




「俺は長門が好きだ」




 ハルヒは……ずっと、無言だ。やっぱり、言わないほうが良かったか?……俺には、どっちが良かったかなんて確認する術は、無い。無いことには無いが―――

 ―――またハルヒが泣き出した。

ハルヒ。お前のことは……嫌いじゃない、からな」
「うぅううう……分かってるわよぉ……」
「だから、泣かないでくれ」
「うぅう、キョンのばか……どっか行け!!!」
「……」
「わたしの……ぅう……目の前から消えなさいっ!!!」
「……分かった」

 俺は部室を出た。すると、すぐそばに長門がいた。

「聞いてた……のか?」
「……」
「……わたしも」
 それは、さっきの俺の告白の答えか?……ということは聞いてたのか。
「……」
 会話が続かん。とりあえず、帰ろう。いつもの通学路を長門と一緒に帰っている。

 隣で歩く長門をチラリと見て、また向きなおし、俺は心の中で、呟いた。

 ……いったい何がお前を変えたんだ?長門。俺を………誰かを好きになるってことはとても人間らしさが感じられるし、自分のことを主張できるってのもいいことだ。それらはある意味、長門が成長した証として認めてもいいんじゃないか、と俺は思う。
 しかし、それはあまりにも急すぎた。まるで何かが爆発したようだ。そう……爆発、だ。もし、長門が、いままで何かを溜め込んでいたとして、それが爆発した……。
 その何かってのは……なんだろうな。

 ……やっぱり俺が好きなのは、長門有希……だ。ハルヒでもなく、朝比奈さんでもない。鶴屋さんでも、阪中でもなく、ましてやミヨキチなんかでもない。
 俺が好きなやつ。それは、長門だ。

 俺はちらりとまた長門を見た。長門は……難しいことを考えている俺の顔を見て、首をかしげた。2mmほど。


「………長門、好きだ」
「……すき」

 俺と"長門"は、初めてキスをした。



第6話『愛の証明』〜終〜


キョン「次回予告!
   とうとう長門好き宣言をした俺!」
長門「続き……する?」
キョン「つ……続きって?」
長門「いろいろ……する」ガサゴソ
キョン「なっ!何をするだァ――ッ!」
長門「第7話『淡い想い』」
キョン「乞うご期待!」