第3話『熱愛たる理由』

第3話『熱愛たる理由』

教室に着いた。また授業が始まった。しかし、俺は放課後の部活で長門の休みの言い訳を考えていた。

 ―――で、一番ベターで安全なのが、『学校も休んでるみたいだし風邪かなんかだろ』となった。「風邪だろ」と言い切ったらまたハルヒに怪しまれるだろうしな。やっぱりこれしかないみたいだな。

 周りを見渡せば誰もいない。どうやら授業が終わって皆帰ってしまった後の様だ。

「……なぁ長門、何時の間に授業終わってた?」
「8分42秒前」
「そうか。ハルヒも先に部室へ行ったみたいだな。じゃあ長門、また包帯だ」
「……そう」

 ……部室のドアの前だ。さて、入ろうか。と、その前にもしかしたら朝比奈さんが着替えをしている最中かもしれない。ノックをするのを忘れない俺はなんて紳士なんだろう。コンコン。
「はぁーい」
 朝比奈さんの甘ったるい声が聞こえる。ドアを開ける。ギィ、と軋む。ハルヒがあんな乱暴に扱うから壊れかけてるんだろうな。多分。

「こんちは」
「あ、キョンくん、こんにちはぁ」
キョン!あんたが最後よ!しかも遅い!」
「分かってる。考え事をしてたんだ」
「そんなの知らないわよ!」

 ここで俺はあることに気が付いた。……ハルヒは今なんて言った?あんたが最後?んなワケあるか。長門は今日は来てないハズ―――

 ―――って、えぇ!!いるぞ!!長門、な、ナアーッ!ナアーッ!

「よ、よぉ、長門
「……」

 あれ?そういえば元の長門はこんな感じだっけか。まぁ、いい。俺の疑問符が向けられているのは「長門がなぜいるのか」ということだ。もしかしてアレか?俺の右手の長門は分身、というかドラえもんで言えばミニドラか?……これ以上考えても無駄だ。平凡な高校生である俺に分かるハズがない。直接話しかけるにしても、今じゃハルヒに怪しまれるからな。
終わったあと、さりげなく話しかけてみるか。

「あんた、いつまでそこに突っ立ってんのよ」
 ……そういや俺はドアを開けた姿勢のままで静止していた。それくらい思考能力をフル活用してたってことにしといてくれ。ハルヒに促され、椅子に座る。向かいに座っているのは古泉だ。すると、古泉はトランプを取り出して、やりませんか、って感じの表情をしている。

「あぁ、いいぜ。なにする?」
「そうですねぇ………大富豪、なんてどうですか?」
「別にいいが……二人じゃつまらなさそうだな」
 チラリと朝比奈さんを見る。俺の視線に気付いたようだ。
「ぁ……じゃあ、わたしもいいですかぁ?」
「大歓迎ですよ」
「あたしも!」
「涼宮さんも、ですか。これで4人ですね」
 そこで俺は長門(右手じゃない方)をチラリと見る。……どうやら本に夢中らしい。俺の視線に気付かない。少しも顔を上げない。
「じゃあ、始めるか」
「そうですね」
 古泉は返事をしながらトランプをシャッフルしていた。それを4等分して、一人づつ振り分けた。カードを手に取る。ふむ、悪くないな。ジョーカーが1枚、2が1枚で、Aが3枚。あとはそれなりだ。ジャンケンをして順番を決める。勝った奴から時計回りだ。勝ったのは古泉。席の順番から、古泉→俺→ハルヒ→朝比奈さんとなった。ちなみに俺の左隣にハルヒがいる。これは幸か不幸か、俺がハルヒを陥れる形にできる。
 さて、スタート。古泉が3を出す。俺は4を出そうと思った。………って、左手しか使えないからカードが出せねぇ……。
「右手使えないからカードが出せないのだが」
「それは困りましたねぇ」
 古泉が応える。ちなみに俺の右手の方の長門はずっとブレザーの内側にいる。
「なぁ、長門
 俺が呼んだのはもちろん椅子に座って本を読んでいる方の長門だ。
(何?)
「何?」
 うぉ、両方返事した。右手の方は小声だったが。
「ちょっと俺のカード、出してくれないか?」
(分かった)
「分かった」
 右手の方まで出てきた。ってヤバい!左手で必死に抑える。カードは一応机に伏せて置いた。
長門、やっぱ俺の代わりにやってくれ。ちょっと右手が痛いから保健室行ってくる」
「そう」
 右手を抑えつつダッシュで部室を出る。とりあえずすぐ近くのトイレに向かう。
右手の包帯を取る。

「男子トイレははじめて」
 おいおい。それより長門、俺はあっちの方に言ったんだ。
「……そう」
 出てきて欲しい時には……名前で呼ぶから。有希って。
「分かった」
 そう返事した長門の顔は少し嬉しそうだ。もしかしてお前、俺に有希って言われたかったのか?
「……わりと」
「そうか。じゃあ今後もできる限り呼ぶからな」
「……」
「どうした?」
「あなたの優しいところが、すき」
「ど、どうしたんだ?いきなり」
「……なんでも」
 んじゃ、部室に戻るか。

 また長門を包帯でグルグル巻きにする。部室へ向かう。ドアを開ける。長門が一抜けして終わりかけてるところだった。次に優勢なのはハルヒか。もう1枚しかねぇ。古泉なんてまだ6枚残ってるぞ。
 ……終わった。結果は古泉が大貧民。朝比奈さんが貧民。ハルヒが富豪。長門が大富豪だ。

「あんた、いつ帰って来たのよ。どうだった?」
 何のことを訊いてるんだろう?あぁ、「保健室に行ってくる」って言って出てったんだった。
「ん、まぁ大丈夫だってさ」
「そ、そう」
「俺はちょっとアレだからさ、本でも読んどくよ」
「じゃああたしはホームページでも更新するわ」
 ハルヒ、お前アップロードの仕方分かるのかよ。
「それじゃあわたしは……古泉くんとオセロでもします」
「いいですね。そうしましょう」
「……読書」
 それぞれがいつも通りのような行動を始めた。

(なぁ有希、読みたい本あるか?)
 皆に見えない角度でさらっと出して長門に話しかける。長門は少し考えるように眉を少し、ほんの少し上げて、こう応えた。
(……ある)
(どれだ?)
(……これ)
 長門が俺の懐で指差した先にある本は……『愛と名誉のために』?これはどんな本なんだろう?俺は疑問符を浮かばせたまま本を手に取ろうと―――その時。

「あ」
「……」
 長門と手が触れた。いや、あっちの方だ。右手のほうは俺の懐にいる。
「お前もこの本か?」
「そう」
 ……さすが本人同士だ。読みたい本が重なるなんてな。
「……俺も読みたいんだがなぁ……」
 わざと空を見上げるような、まるで俺に譲れ、とでも言うような言い方をしてみた。
「私も」
 少しキツい言い方で言ってきた。とは言っても、もちろん長門感情分析家の俺にしか分からない程度だが。

「じゃあ一緒に読むか?」
 そしてさりげなくコイツを長門に紹介しよう。
「……いい」
 うぐ、これは「だが断る」ということなのか?もしや作戦失敗か?少し残念だな。いや、普通なら断るだろうが、俺の右手の長門を見てるとOKしそうな気がしたんだ。一応言っとくがこれは自惚れじゃない。ある意味確信出来た事でもあった。だが、断られた……のか?

 長門は本をスルッと取って、まるで俺について来い、と言うような目で俺を見て、長門はいつも自分が座っている椅子を引きづり、俺の前まで持ってきた。俺に何をしろっていうんだ。座れってか?
 とりあえず、座った。もう、どうにでもなれ。と、次の瞬間に、重たさを感じさせなく、それでいて、いい香りのする、何かが俺の膝の上にチョコンと乗っかった。
 ……長門だ。さっきの返事はOKだったってことか。それにしても、この座り方は駄目じゃないか?ハルヒがなんかギラギラした目付きで俺を見てる。

「あなたは右手が使えない。なのでこの方法を推奨する」
「……いい、ん、じゃないか……」
 まさかこんなとんでもないことになろうとは。ところでまだハルヒが見ている。怒り?でプルプル震えている。まるで風船のような、今にも爆発しそうな。どうにも形容し難いな。俺の右手が勝手に動く。だ、駄目だ!そこだけは!……アーッ!とうとう俺の右手は長門を肩から抱くようにして、長門の胸の前まで来た。一応、本の角度でハルヒに俺の右手は見えない。俺の右手を見た長門は、少し驚いたのか、ピクリ、とした。その振動が俺に伝わってきた。俺は長門の顔の左に顔を出し、耳元で囁く。
「後で説明する」
「……そう」
 今はこれでどうか納得してくれ、長門よ。ちゃんと後で説明する。ってこの姿勢じゃもっと抱き合っているように見えるな。どうしよう。それに、理性を保つのに頑張っている俺に本の文字なんか目に入るハズもない。しかし、無理してでも読まなければ。長門が本を開いてくれてるのだから。
 長門がページを捲る。なぜか俺がページを読み終わると、その瞬間に次のページに移行する。本当にピッタリだ。

 そして、5〜6ページほど読み進めた瞬間、ハルヒがとうとう口を開いた。
「あんた達!団員同士馴れ合うのも勝手だけど!いい加減に―――」
「彼は右手が使えない」
「そ、それは、そうだけど―――」
 まさかの人物からの意外な返答に困惑の表情を浮かべるハルヒ。言い返す言葉が見つからないらしく、そのまま黙り込んでしまった。

 俺を椅子にして座っている長門と、俺の右手の長門は二人合わせてこっちを向いた。俺は、声を出さずに笑った。

 それからしばらく、二人―――いや、三人で、まるで親が子供に本を読み聞かせてるような格好で本を読んだ。
 すると―――パタン。本を閉じた。これはSOS団専用の終わりのチャイムみたいなもんだ。俺は右手をブレザーの内側にしまいこんだ。
 ハルヒの方に目を向けると、目が合った。ハルヒの方からすぐ視線を逸らした。何か言いたげな顔をしていたが、どんな内容なのかなんてのは考えるまでもないな。俺には到底予測不可能な、意味不明なことだろうからな。

 さて、と。帰る準備も終えたし、朝比奈さんも着替える必要があるみたいだし、そろそろ帰るか。
 部室を出る。靴箱まで歩いていく。靴を取り出し、履こうとする。そこで思い出した。帰りに長門に説明することがあった。また部室に戻ろうと後ろに振り向くと、長門が着いてきていた。
うぉ、気づかなかった。まるで忍者だ。足音も、存在感も消せるなんて。

 ……長門。説明は帰りながら、でいいよな。
「いい。」
「それと、有希」
 俺が名前を呼んだら、一瞬長門が「え?」というような目で俺を見た。

「あー……えー、有希、が俺の右手のほうで、長門、がお前な」
「……そう」
 俺の右手は勝手に動き、俺達の目線まで来る。もちろん、長門だ。
「……何」
「有希、すまないが俺の代わりに説明してやってくれないか」
「分かった」
「んじゃ、帰るとするか」

 俺と長門は肩を並べて歩き出した。
 さて、俺は有希の話とそれを訊いた長門の反応でも見ながら、この密かな幸せに浸っとこうかな。


第3話『熱愛たる理由』〜終〜



キョン「次回予告!
   本人同士が触れ合う時、何かが起こる!」
長門「そう考えていた時期が、私にもあった」
キョン「って何も起こらないのか?!」
長門「それは……ヒミツ」
キョン「やれやれ。ワカったときにはもう遅いってか?」
長門「第4話『甘すぎる暴走』」
キョン「乞うご期待!」