第2話『秘密な関係』

俺は毎朝のようにお手軽な強制ハイキングをいやいやながら満喫している。
いつもと同じ風景。
いつもと同じ坂道。
いつもと同じカバンの重み。
ただ―――いつもと違うのは―――俺の右手。
俺の右手にはミニマム化した長門がいる。いや、いるっていう表現はおかしいか?………俺の右手が長門、でいいのか?そう、俺の右手は長門だ。一見するとすごく間抜けで意味不明な思考だが、こうとしか言い切れん。

 さて、俺は左手でカバンを持ち、右手はまるでパペット人形の練習でもしているかのように俺の目線に置いて歩いている。まったく、谷口にでも見つかったらどうするんだ。でもまぁ多分、長門の力で人が近づいてきたら分かるのだろう。

 ところで、長門。一つ聞いてもいいか?
「なに」
 お前の宇宙人的なパワーは使えるのか?
「……さっきから情報統合思念体にアクセスを試みている。しかし、繋がらない」
 それはもしや力が使えないってことか?
「……そう」
 そして長門は一息ついてこう促した。
「……でも、あなたなら、大丈夫」
 なにがだよ。
「……私の安全」
 そうか……っておいおい。俺にまかせっきりかよ。
「できるかぎり協力する」
 あぁ、そうしてくれ。
「……そうする」

 って、今気づいたんだが力使えない=人が近づいてきても分からないってことじゃないか。常に周りの視線その他諸々を確認しつつ行動せにゃならんとはな。それにしても、面倒なことに巻き込まれちまった。いやいや、巻き込んだのは俺か。ハルヒが俺に中途半端に気にしたからこんな中途半端な事態になっちまったんだな。やれやれ。あの超が付くほどの変態パワーには恐れ入るぜ。

 そんなこんなで学校につくや否や、気づいたことがある。……長門を包帯グルグルにしてくるの忘れてた……。包帯ならまだ見つかってもごまかせるが、このパジャマ姿だと確実にヤバい。と、いうワケで俺は右手をブレザーの内側に隠しつつ、保健室へと猛ダッシュ。運良く誰もいない。まだ保健室の先生は来てないみたいだ。助かった。包帯を探そう。お、あったあった。
 これでグルグル巻きにするぞ。いいか?
「いい」
 長門、腕はどうする?
「……これで」
 長門はまるで間接フリーキックの前に並ぶ壁の役目のディフェンスのような格好をとった。右手は心臓を守るように。左手は股間を守るように。……なんでこの格好なんだ?
「……あなたのことを想って……を」
……聞こえなかったからよく分からんが、とりあえずやめてくれ。
「……」
 それは俺の言うことを訊いてくれたということでいいんだな?と訊こうと思ったが、そろそろ始業のチャイムが鳴るので、さっさと済まそう。訊かないでおこう。グルグル巻きにする、とは言っても腕は自由に動ける程度のキツさだ。腕はとりあえず気を付けの姿勢にさせた。

 あたまは軽く巻くからな。キツくなったら授業中でも一応言えよ?
「わかった」
 そうか。

「すみませぇ〜ん」
 ?!朝比奈さんの声だ。転んで怪我でもしたのか?って、そんなことはどうでもいい。とりあえず長門が先決だ。ガララ、とドアが音を立てる。朝比奈さんが入ってきた。ヤバい。まだ終わってないぞ。どうする、俺?よし、隠そう。ブレザーは脱いでいたので内側には隠し場所がなく、とりあえず右手を後ろに持っていった。
「あ、キョンくぅん!キョンくんもどこかケガでもしたんですかぁ?」
 ハハハ、ちょっとですけどね……。と受け流す。と、長門が俺の腰のあたりを触る。なぜ、今触るんだ?!とりあえず左手も後ろにまわして、長門を止める。すると、抵抗してきたので、さらに強めに止める。
「ぁあっ」
「なんですかこの声。長門さんですか?」
 い、居るワケないじゃないですか。
「ふふっ、なんだかキョンくん、動揺してますよ。その右手に持ってるもの、なんですかぁ?」
 うげっ!ヤバい!このままじゃバレる!冷静に正確な返事をすればオールオッケーなはず。
「いや、何もありませんよ?」
「見せてくださいよぅ」
 朝比奈さんが後ろにまわろうとしたので俺は後ろを向いて隠す。常に朝比奈さんのほうを向いていれば大丈夫だ。
「もぅ!」
 朝比奈さんが俺に近づく。うぉ、俺の胸板にふくよかな朝比奈さんの胸が押し付けられる。あぁ、もう、無理だ。この柔らかさには勝てねぇ。とうとう俺の右手が――長門が――明らかになる。
長門……さん……?」
 あぁもうやけくそだ。どうにでもなれ。
「そうです。俺の右手は長門になってしまったんです。他の皆には内緒です。それではっ!」

 俺は勢いで説明を済ませ、勢いで包帯を巻きつけ、勢いで保健室を飛び出した。教室に向かう

途中で長門に聞く。

「なぁ、なんであのとき俺の腰をくすぐったんだ?」
「……そのつもりはなかった。あなたの制服の布で息苦しかったから取り払おうとした」
「そ、そうだったのか」
「あなたが私の胸を……したときに声が出てしまった……」
「え?いつ俺がそんなことを?」
「強く左手で握ったとき」
 ……スマン、長門
「いい……あなただから」

 教室に着いた。すぐさま岡部が入ってきた。岡部が何か話してるみたいだが、俺はそんなことには気にもかけずシンキングタイムとしゃれこんでいる。さっきのようなセリフをサラッというようになった長門。すこし積極的になりすぎてやしないか?まるでこんなんじゃ恋人みたいだ。だが、俺は別にそれが嫌だというワケじゃなく、むしろ両手を上げてよろこんでもいい気がしないでもない。しかしここで思い出したいのは、俺の右手だということだ。やっぱり困るな。利き腕が使えないってのは。

 って、痛ぇ!
「ねぇ、キョン
「なんだ」
 どうやらシャーペンで俺の背中をつついたようだ。
「なんかあんたいつもと違うわね」
「どこがだ?」
 俺は内心ビクビクしている。くやしいわけではないが、バレるといろいろ危険なのだ。ハルヒなら俺を宇宙人とかと勘違いして解体しかねん。マジで。
「ん〜、どっか。わかんないわ」
「俺もわからん」
 ……というのはもちろん建前であってだな、原因は……ってもう説明するまでもないだろ。

 1時間目が始まった。俺はぼーっとしていた。気がつくと、いつの間にか長門が包帯を取り、俺の顔を覗いていた。
(って何やってんだ?!)
(大丈夫)
(どうして分かるんだ?)
(……勘)
(朝のもそれか?)
(そう)
 やっぱり危ないかと俺は思って、長門をブレザーの内側に隠す。
(あったかい……)
(そうかい)
(気持ちいい)
(……)
 しばらく無言が続くと、スー、スー、という寝息が聞こえてきた。まったく、子供みたいだな。俺は長門を起こさないようになるべく右手を動かさないようにして、黙々と授業を受けた。

 そして、気が付けば昼休み。
(おい、長門。起きろ)
(……おはよう)
(おはようって言っても、もう昼だぞ)
(そう)
(……)
 さりげなくいつもより多めに作ってもらった弁当を手に、俺は文芸部室へと向かった。あそこなら邪魔(?)は入らないだろう。

 ドアを開く。誰もいない。よし。とりあえずいつもの席に座るか。

「弁当でも食うか、長門
「……ない」
「俺の分を分けてやるよ」
「……ありがとう」

 朝のような格好で弁当を食べる。フォーク持って来てて良かった。いつの間にか長門はもう食べ終わっていた。また『あーん』か?
「私が」
「おう、やっぱよろしくな」
「……あーん」
「あーん」
 うまい。なんか左手で食うより10倍はうまく感じるのは気のせいだろうか。長門が手伝ってくれることによりペースが増したので、すぐに食べ終わってしまった。

「ごちそうさま」
「……」

 そこで始業の予鈴がなる。さて、教室に戻るとするか。長門を包帯グルグルにして、教室へと歩き出す。


キョン「次回予告!
   放課後のSOS団活動中にとんでもないことが?!」
長門「予測不可能。」
キョン「だよな。」
長門「でも楽しかった」
キョン「あぁ、俺もだな。」
長門「第3話『熱愛たる理由』」
キョン「乞うご期待!」