長門有希の伝言Ⅰ


 朝、登校し、靴を脱いだ後下駄箱に靴を置く……なんてのは鳥のヒナが親鳥がくると自然とエサの時間だと思ってしまう事と同じくらい当たり前の事であり、至極日常的な行動である。しかし、今日はいつもとは一味違ったようだ。靴箱を開けると、なんとそこには一枚の紙切れ。ノートの端を切り取った物を二つ折りにしただけのような紙切れ。カサリ、という音が耳に心地よい。開いた中は真っ白でした――――などという事はもちろんあるはずが無く、そこにはなにやらメッセージらしき文がまるでパソコンで打ち込んだかのような綺麗な明朝体で文字が書かれていた。

『昼休みに部室にて』

 はてさて、誰からだろうか、などという疑問など生まれてくることは無かった。なぜならこんな文字を書く奴は俺が思い付く限り一人しかいないからだ。……そう、あの無口な宇宙人だ。あいつならこんな文字書きかねん。しかし、なんだ?何か伝える事があるのならメールで送れば一発で終わるのにな。……まぁ、考えるだけ無駄だ。事実を事実として受け取ろう。今の俺に出来ることはそれだけだ。


 時は過ぎて昼休み。午前中の授業はそれなりに収穫があったかのように俺は思う。まぁ、勉強ってのはある意味自分への経験地を高めるような行為のことで、何も収穫が無かったらそれは授業とは言わん。……とまぁ、語ってしまうとついつい長くなってしまいそうになるのでここいらにしておこうか。
 俺はチャイムが鳴るなり俺は部室に向かった。よくよく考えると長門がわざわざ呼び出すのだから、きっと何かあるに違いない。今までの経験からすると絶対に何かある。例えば――――ハルヒ関係、とかな。……って、それくらいしかないな……俺を呼び出す理由なんてもんは。

「よぉ」
「……」

 やはり、そこに待っていたのは長門だった。見事な程に姿勢正しく椅子に座って本を読んでいた。俺が入ってくるのを確認するなり本を読む手を止めて俺を見てコクンとうなづいた。

「用ってのは、なんだ?」
「これ」
「?」

 長門が取り出したのは真っ黒な風呂敷に包まれた何か四角い物体。なんだそりゃ?

「どうぞ」
「あぁ」

 物凄く中身が気になるところだが……長門、開けてみていいか?
「いい」
「そうか、じゃあ」
 
 縛っている風呂敷の結び目を一つ一つ解いていく。すると、だんだんと中に入っている物体の正体が明らかになってゆく。
 ……これは……弁当箱……か?
「そう」
「食え、ってことか?」
「……」
 
 首を縦に数ミリ動かし、肯定の意をやんわりと俺に伝える長門。俺はそれを確認すると弁当箱のふたを開けた。そこには例の食物が当然だと言わんばかりに詰まっていた。
 ヒントが欲しいか?じゃあ、まずその一。付属品はスプーンだ。その二。ご飯と例の食物だけだ。三つ。それはインドで有名な食べ物だ。
 ……もう分かっただろう。答えはカレーだ。
 とりあえずスプーンを手に取り、
「いただきます」と呟きカレーとご飯を分量良く乗せて口に運ぶ。

「……」
 
 長門が液体酸素のような青い目で俺をじっと見ている。どこかしら楽しそうに見えるのは俺の気のせいか?
「そう、気のせい」
「そうか」


 結局のところ俺はそのカレーを完食するに至った。そして母親に作ってもらった弁当はどうしようかと思い悩んでいるところで、ある一つの疑問が浮かび上がった。

「……ところで長門、何で俺を呼んだんだ?」

 そろそろ昼休みも終わりそうな時間なので訊いて置きたい所だな。

「……おいしかった?」
「……あ、あぁ」
「そう……なら、いい」

 長門はそれだけ言うと部室を早々と出て行ってしまった。まったく、一体何が理由だったんだろうな?真相は謎に包まれた。


 放課後になって気付いた。長門の弁当箱が俺の手元に残っている。これは素直に手渡しで返すべきなんだろうな。

――――
そのⅡにつづく