第12話『長門"有希"の憂鬱Ⅲ』


 急に天井が爆発したかのような勢いで割れた。誰かがライダーキック風飛び蹴りでブチ割ったようだ。そいつは勢いを保持したまま俺に向かってナイフを構えて突進してくる朝倉を蹴飛ばす。朝倉は凄い勢いで5mくらい吹っ飛び、鈍い音を立てて壁にぶつかる。壁の表面が崩れ、朝倉は瓦礫に埋もれる。

 目の前の奴は誰だ?!
 都合の悪いことにコンクリートの破片、砂、埃、蛍光灯の残骸などで俺の視界は塞がれている。まったく見えん。

 ……次第に視界が晴れていく。

 俺は驚く。
「―――な、なんでお前が来るんだ?!」

 そいつはふん、と鼻息を鳴らして大きな声で言う。

「助けに来てやったわ!あたしに感謝しつつ、せいぜい死なないよう頑張りなさい!」

 そこに現れたのは――――黄色いカチューシャをつけた長髪のハルヒだった―――

 さっきまでの緊張感や、なぜかハルヒが来た事による安堵感でなぜか泣きそうだ。目に涙が溜まっていて漫画的な表現で言うとウルウルしているんだろうな。そんな表情をしている俺を見て、ハルヒは笑う。

「く、くくく……ぷっ、あんた、そんなにあたしが来たのがうれしいの?!」
 ハルヒは大声で笑い出す。

 違う……違うんだ、俺はだな……。
「ぷくくく……、わ、分かったわ、……じゃあ、まずはこの状況をなんとかしなくちゃね」
 ハルヒは横を見やる。俺も見る。

 朝倉が動き出している。瓦礫から抜け出し、制服についた砂埃を手で払っている。朝倉は手に持っているナイフをダーツのようにこっちへ投げる。俺の顔の手前でハルヒはそのナイフの刃を直接掴んで止める。ハルヒの手から血が出る。

「おい、大丈夫か?」
 ハルヒはナイフを投げ捨てた後、
「バカねぇ……大丈夫に……決まってるじゃない」
 と言った。言い終わった時にはもう傷口は塞がっている。

 俺はそれを見て、この世界のハルヒは『対有機生命体なんたらかんたらインターフェイス』なんだな、と感じた。

朝倉涼子、あんたはあたしのバックアップなんだから、勝手に動いちゃ駄目よ」
「いやだと言ったら?」
「あんたの情報連結を解除するわ」
「やってみる?ここはあたしの情報制御空間よ」
「……情報連結の解除を申請」
 ハルヒはその性格に似つかわしくない小さな声でボソ、と言う。

 その瞬間、空間がぐにゃり、と歪む。まるでコーヒーカップにたらしたミルクだ。これは……いつまでもコーヒーに混じらないミルクだな。ぐにゃぐにゃしすぎだ。

 朝倉の周りの空間に黄色やら青やらいろんな色をミックスしている色が着き、それが次第に圧縮され、一本の不透明な空間の槍が出来る。その行為を朝倉が数回繰り返した後、それらがいっせいにハルヒと俺に向かって襲い掛かる。しかし、それらは全てハルヒの目の前の見えないものに叩き落とされる。ハルヒの目の前にはまるで見えない盾があるみたいだ。叩き落とされた槍は空間と同化し、無くなった。俺は、と言えば……ハルヒの後ろでそれを眺めていただけだ。
 その後も朝倉の空間の槍攻撃は続き、ハルヒはそれを防ぎ続ける。ハルヒの右手が後ろの俺にのびてくる。

「あんたは動かなくていいわ」

 ハルヒは俺の右腕を掴み、自分の胸に抱き寄せる。俺は後ろからハルヒを右手だけで抱くような姿勢になる。俺の手の平にはハルヒの懐かしい柔らかさが。まさかこんなところで理性の出番が来るとは。

「お、おい!なんか当たってんだが!」
「……あんた、後で覚えてなさいよ」
 お、俺は悪くねぇよ!

 ハルヒは依然として朝倉の攻撃を防ぎ続ける。しかし、そろそろハルヒもきつくなってきたんだろう。

「あんた、しっかり捕まってなさいよね」
「?……あぁ……」
 俺は後ろからハルヒに抱きつく。
「ちょ、バ、バカ!どこ触って……ってあぁもうっ!」

 喋っている間に地面から槍のような混沌とした色をしている棘が飛び出てきた。ハルヒは物凄い勢いでジャンプする。俺はハルヒに抱きつく手に力を込める。仕方が無い。じゃないと落ちてしまう。俺は必死に自己暗示をかけつつ、どんどんと離れていく教室の床を見る。

 っておい!天井に頭を打ちつけるぞ!?――――ってあれ?上を見る。何も無い。いや、正確には何かあるんだろうな。遠くの方に。それは俺にはなんだか分からん。なんだかこんにゃくみたいな色をしていて、不味そうな色をしている。いや、食う気は無いが。ハルヒは急にストップをかける。

 そして、ハルヒは俺を空中へと突き離す。

「落ちるぅう?!」
「ごめん!こうするしか!」

 俺は落ちながらハルヒを見る。すると、さっきまで俺がいた場所に―――ハルヒに向かって何かが飛んでいく。それはハルヒの胴体を貫く。ハルヒは宙ぶらりんになる。俺はその事実を理解するのに数秒かかった。
 地面に落ちる。あまり痛くない。……砂?見回すと辺りは砂漠のような風景をしていた。

 俺は上を見上げる。

 そこにはなんと――――

 朝倉の右腕から生える光の筋のような鋭い触手が――――

 ――――ハルヒの胴体を貫いていた。


「ハ……ハルヒッ!!」

 俺は気付けば叫んでいた。
「ごめんねぇ……涼宮さん」
 朝倉は嫌味に言う。この野郎……。

 朝倉は右腕を元に戻し、ハルヒを解放する。ハルヒは俺の真横にドサ、という音を立てて落ちて来た。俺はハルヒの肩を揺さぶる。

ハルヒハルヒッ!」
「大丈夫……に決まってんじゃない」

 ハルヒの胴体に空いた穴から物凄い量の赤い液体が出ている。その赤くて生暖かい液体が俺の制服を真っ赤に染める。

 俺は世界が改変される直前にあった感覚を思い出す。

 このままだと"今度"は"ハルヒ"と二度と会えなくなるような気がする―――


 ―――のだが、それは俺の単なる気苦労だったようだ。目の前のハルヒは呟く。

「終わり、ね」
「何が?あなたの3年あまりの人生が?」

 まったく、朝倉も朝倉だな。俺は先の展開を知っているので、思わず笑みがこぼれる。よくやった、ハルヒ


「どうやらそうみたい……」
「……は?!ハルヒ!しっかりしろ!」
「さよなら……」

 ハルヒは静かに目を閉じる。俺は絶望の淵に立たされた気分に陥る。ハルヒがいなくなったらそれこそ俺の終わりだ――――


「なあんちゃって」


 ハルヒは急にパッチリと目を開き、
「情報連結!解除!……開始っ!」



「そんな……っ」
 その瞬間、朝倉の体が足元から砂になっていき、崩れていく。


「あなた……崩壊因子をあらかじめ仕込んでおいたのね……。どうりで、あなたが弱すぎると思った」
「やっぱしあんたはあたしのバックアップなだけあったわ!うん、優秀!しかし!あたしには到底、敵うはずないわ!」

 俺の腕の中のハルヒは軽やかな口調で言う。いつの間にか胴体の穴が塞がっている。こんにゃろ、騙してくれやがったな……!しかし、ハルヒの顔はキツそうだ。

 朝倉がいろいろと喋っているが、一度聞いたことのある内容なので無視。いつしか朝倉はほとんど消えかけている。

「それまで、長門さんとお幸せに。じゃあね」
 最後のセリフだけは違うみたいだな。


「それじゃあ、不純物を取り除いて教室を再構成するわよ」

 砂漠の風景から砂が取り除かれ、その代わりにいつもの風景が戻る。教室には夕日が差し込んでいる。俺と、俺の腕の中のハルヒはその夕日の真っ赤な光を浴びる。窓から外の風景を見ながら呟く。

「きれい……だな」
「あ、あたしのこと……じゃないわよね?」
 どんな勘違いだ。
「違ぇよ」
「っ!……思わせぶりな態度取らないでよねっ!」

 俺は平謝りして、その場をやり過ごす。ハルヒを見る。本当にハルヒだ。

「な……何よ」
 いや、なんでもない。俺は右腕を動かし、ハルヒを少しだけ深く抱き直す。
「あ……あたしはちょっと疲れちゃったからこのままなわけであって……っ!」
 分かった分かった。

 ハルヒは何かに気づいたように、胸元を探る。

「あ……ブラジャーの再構成、忘れちゃったわ」
 急にニヤニヤしだすハルヒ。もちろん、俺が返す言葉は決まっている。

「……してない方が可愛いと思うぞ。俺にはブラチラ属性ないし」
「ば……バッカじゃないのあんたぁ?!」
「すまん、妄言だ」
 俺は笑いを堪える。
「そ、そう!………たま〜になら……いいわ…………タイプだし」
 返す言葉が見つからないのにバカという言葉を使わないという、そのハルヒらしくない言葉が俺の笑いに拍車をかける。もう、堪え切れん。

「ぷっ、あっはははぁ!」
「な、何で笑うのよぉ!」

 その瞬間、谷口がドアを開ける音がする。
WAWAWA忘れ物〜っておぅあ!」

 時が、止まった……ように感じる。谷口は涙を堪えて、ネクタイを直し
「すまん。……ごゆっくりぃ!」
 ドップラー効果を残しつつ、去っていった。

 正直、谷口なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです。なんて変な言い訳を考えつつ、俺は溜息をつく。

「大丈夫よ」
「何がだ?」
「朝倉は転校したことにするわ」
 やっぱそっちかよ……。


 次の日。
 この水曜日はある意味、平和な一日だったと言えよう。

 俺は今日も学校へ行き、普通に授業を受け、いつもどおりの日常を満喫した。ただ、ハルヒがKYON団に入るとか言い出したのが非日常だったかな。あと、谷口がいろいろとうるさかったので無視した。

「ねぇ、あたしもそのKYON団ってのに入れてよ」

 ハルヒは昼休み中ずっと、俺の袖をぐいぐい引っ張ってやまない。なんだかそこは長門っぽいな、と感じてしまう。

長門に言ってくれ」

 俺はそう答えたのだが、ハルヒは言って聞かない。なぜだ?しかし、ハルヒに上目遣いで見られるのもあれだな。なんていうか……あんまりこういう言葉は使いたくないんだが………そそる。

 結局俺を通して長門にその内容を伝えると、
「いい」
 その一言で入団が決まった。長門には名前しか伝えてないはず。

 ……放課後になった。
 部室に行って本を読むのがすでに日課になっている俺は、すぐさま部室へと赴く。お、ハルヒが既に来ているじゃないか。本読んでるぞ。ところでハルヒはいったいどこのクラスなのだろうか。俺はそれが気になって仕方がないので直接訊いてみることにした。読書をしている手を止め、
「なぁ、ハルヒ
「何よ」
 ハルヒもページをめくる手を休めた。
「お前って1年何組なんだ?」
「あ〜、あたしはねぇ……6組」
 やっぱ長門と入れ替わりか。

 会話はほとんどそれだけだった。そういや長門が団長ながらにお茶を入れてくれたりしたな。さすがにあの人には及ばないか。……あの人?あの人って誰だっけ?名前忘れた。メイド服が良く似合い、大きな胸がチャームポイントでありウィークポイントでもある、あの2年の女子の先輩だ。……明日になれば思い出すだろう。


 KYON団団長の長門の合図で部室が終わる。帰りの道で古泉に会った。閉鎖空間がどうたらとか言っていたが、俺は眠くて面倒だったので拒否した。そしたら、機関の人間らしき人物がわらわら車から出てきて、俺は拉致されかけたが、古泉が助けてくれた。
「あなたたち!僕のキョン団に何するんですか?!」と古泉が言ったのでKYON団はお前のもんじゃないぜ、とかそういう感じのことを言ったら、"団"じゃなくて"たん"ですよ、とか言い出した。
 意味が分からん。"団"だろ?


 さて、俺は今日も安らかに眠りにつける訳だが、そろそろ俺の人生経験の中でもベストスリーには入りそうなくらいの最大のイベントがやってくるはずだ。そう、思い出したくもないあの事件だ。あれは相手がハルヒだったから思い出したくないわけで、長門だったら大歓迎だ。そういえば、この世界の長門は俺のことどう思ってるんだろうか。好意はありそうな気がせんでもないな。俺としてはあったら喜び、なければ落ち込む程度だが。そんな甘いことを考えながら寝る夜は、当然甘かった。……気がする。

 次の日。
 朝から長門の反応がいつもと違うことに違和感と嫌な予感を覚えつつも、それでも時は過ぎていく。授業中は長門への違和感などなどについて考えていた。ちなみに朝、長門はこんな反応をよこした。

「よぉ、長門
「……」
 無言でうなづく。ここまではいつもどおりだ。
「あなたは……わたしといて……楽しい……?」
 この質問に違和感を感じた。
「もちろんに決まってるじゃないか」
「……そう」

 もしかしたら、この返答が長門のあの空間を生み出すんじゃないか、と言う答えが出る。俺は後悔すると同時に心配してくる。もしかしたら『俺が長門といるのが楽しい』という返答を貰った長門はそれ=『ずっと二人だけでもいい』という返答と受け取ったかもしれない。

 ……なんてのは考えすぎか。昼休みは、ハルヒが妙に絡んで来たのを覚えている。そんなに俺の袖が気に入ったのか?

 放課後。
 長門はやはりどこかおかしい。部室へ二人並んで歩いて向かっている途中で珍しく自分から話しかけて来る。

「……わたしは」
「……?」
「わたしは生まれてきて15年間、一度も友達を作ろうなんて考えたことなかった」
 それから、長門の独白が始まった。


「……違う。
 確かに、作ろうかな、と思った時期もあった。世界には数え切れないほどの人がいる。きっとわたしに合う人もいるんじゃないか、と。そういう淡い期待を持っていた。しかし、わたしに合う人なんていなかった。
 わたしはわたしのことを理解してくれるひとを探してた。
 でも、見つからない。
 
 15年間、ずっとわたしはひとりで苦しんでいた。この北高に入る頃にはわたしはもう一生を一人で過ごす決意をしていた。でも、あなたの顔を見て、なぜかわたしはその決意が揺らぐ。
 なんで。あなたの顔を見ると心拍数がわずかだけど上がる。 わたしはあなたに恋をしている気はまったく無かった。入学当時、あなたも今までのひとと同じように興味本位でわたしに話しかけてくる人だと思っていた。でも、体は勝手に反応してしまっていた。脈拍がそれを教えてくれた。
 そして、あなたの一言で気づいた。
 
 わたしがあなたに……恋をしていたことを。その一言はあなたがわたしに本のタイトルを訊いた一言。心臓が止まる、と思うくらいどきどきした。あなたは、わたしのことを理解してくれた。だからわたしもあなたのことを理解したい、と思ったからKYON団を作った。団長になれば自然とあなたとの接触も増える。だから、なった。
 
 あなたがわたしを襲った時。
 正確にはわたしが襲わせたのだけれど、あなたは嫌がる様子も見せなかった。あぁ、彼もわたしのことを嫌なひとだとは思ってないんだな、と感じて心の中ではすごく喜んでいた。わたしはあの時の写真は今も大切にしている。……その写真で自分を慰めたりもした。
 
 あなたが土曜日のわたしの誘いを受け取った時。
 わたしはあなたにデートじゃない、と言ったけれど、わたしはその気だった。できれば手を繋ぎたかった。本当は図書館ではなく、あなたが退屈な場所なんかではなく、遊園地……など、あなたと一緒に楽しめる場所が良かった。だから、デートじゃないと言ってしまったことを物凄く後悔した。
 
 あなたがわたしを自転車の荷台に乗せてくれた時。
 わたしはあなたの背中に抱きついて、あなたの匂いを嗅いだ。あれは、わたしの好きな匂い。……そうじゃない。ただわたしが好きな匂いじゃなくてわたしが好きな人の匂いなんだ、と再確認した。……だから、この匂いは好きな匂い。あなたの背中は広くて頼もしかった。
 
 あなたがわたしの家に泊まった時。
 わたしはものすごくどきどきした。あなたを見ていられないほどどきどきした。心臓がパンクするんじゃないかな、と思った。一緒の布団に入ったときはとうとうするんだ、と思った。でも、やっぱりあなたは……いくじなしだった。朝起きてあなたをまじまじと見ていたらあなたが起きて、わたしはすぐに眠っているふりをして、あなたがどうするか見ていた。けれど、やっぱりあなたはいくじなし。
 
 あなたが昨日涼宮ハルヒという名前を出した時。
 わたしはすごく動揺した。思わず入団を許可したけれど、本当は二人きりの時間が減るから嫌だった。休み時間にあなたたちが話しているのを見て、腹が立った。
 あなたが今日の朝わたしに話しかけてくれた時。
 わたしは決心した。あなたにわたしの気持ちを打ち明けよう、と。じゃないと涼宮ハルヒにあなたをとられる気がしたから。でも、この告白はもっと前からしたかった。彼女はわたしにチャンスをくれた。だから感謝してもいい。……わたしは、ずっとあなただけを見ている。今までずっと。そして、これからも。
 だから……」

 長門は一息ついて、俺をしっかり見据えて言う。



「……好きです。わたしと付き合ってください」



 さすがの俺でも次、どんな内容の言葉が来るかは分かる。でも、驚いてしまう。長門が俺に告白するなんて。長門の敬語なんて初めて聞いたぞ。そしてどう対応すればいいんだ?分からん。分かるはずも無い。俺はこのような告白される状況は……ない、事も無いが……。今はあの時と状況が違う。

 俺は確かに長門が好きだ。
 
 でもそれはこの世界の長門じゃなく、元の世界の長門であってだな。俺はこの世界の長門に元の世界の長門の影を当てていた、というか。この世界の長門も好きかもしれない。いや、好きだ。でもこの世界の長門に「好き」という感情を抱くことを許すと、嫌な予感がするんだ。好きだ。でも、好きでいちゃだめなんだ。

 このようなことを直接長門に言えるはずもなく、俺はただただ、返答に困っていた。

 だんだんと長門の表情が暗くなる。

 俺がはやく返答をよこさないから、俺がお前のことを好きじゃないと勘違いしているんだろう。そんな焦りの気持ちから、俺は以前と同じ過ちを繰り返す。


長門、俺はお前のこと、嫌いじゃないんだが……」

 この一言から始める癖があるようだ……。ちくしょうッ!俺のヘタレ!結局自分が嫌われたくないから優しい言葉をかけてるだけじゃねぇか!こんな自分に自己嫌悪する。

 長門は嗚咽を漏らす。
 次第に声をあげて泣き出した。

 大粒の涙が長門の頬を伝う。

 俺は必死になってその涙を止めようと、表面だけの優しい言葉をかけ続ける。仕方が無いんだ、許してくれ、などとは言わん。「好きだ」とか「愛してる」だとかの言葉が使えないだけで、こうまで俺は無力なのか!?目の前で泣いてる女の子一人の涙も止められないのか……っ!?

 長門は何も言わずにその場を走り去る。

 まるでその背中は――――

 ―――俺に「着いて来るな」と言っているようで――――

 ――――俺はその場に立ち尽くすしか無かった。

 …………ごめん……長門………。

 その後、俺は部室にも寄らず、家に帰った。俺はその夜、一人で泣いた。何を言えば正解だったのか、なんて答えは出るはずも無かった。ただただ、長門の思いに答えられなかったことを悔やむ。もしも、この世界が……本当の世界だったならば、どれだけ悩まずに済んだだろうか。そんなことを考えながら、俺はいつの間にか泣きつかれて、寝てしまった。


 ……きて……起きて……起きて……。
 誰かが俺の頬っぺたをぺちんぺちんと優しく叩く。……もしかして?!俺は体を起こす。……やっぱりか……。

 長門が訊いてくる。
「ここはどこ」
「俺にも分からん」

 俺は長門の顔が真正面から見れない。あいつは俺の顔をまっすぐ見てくるのに。

長門。ここでちょっと待っててくれ」
「……」
 長門は無言で頷く。

 俺は、校内を歩き回り、古泉を探した。……赤い玉すら出てこない。パソコンがあるわけでもないのでハルヒとも連絡が取れない。

 ……どうすりゃいいんだ……。

「僕はあなたに任せますよ」

「うぉ!?……古泉、いたのか。」
 俺の背後に赤い玉が浮かんでいる。
「えぇ。今さっき来ました」
「時間は無いんだよな?手短に説明頼む」
「……分かりました。」
 やっぱり時間は無いようだ。もうすでに赤い玉なのだから。

「どうやら長門さんは世界を変えようとしているようです。……あなたと二人きりの世界に、ですかね」
 なんでだよ。
「おや、それについてはあなたが一番ご存知のようですが?」
 ……そうかもしれんな。
「もう少し喜んではどうですか?あなたは神と選ばれ、唯一生き残ることが出来るんですよ?」
 ……喜べるのか?
「えぇ」
 二人だけだぞ?どうすりゃいいんだ。
「産めや増やせていいじゃないですか」
 そりゃ……そうだが。
「ハハハ、もうその気でいるんですか?」
 う、うるせぇな。
「僕としてはあなたに戻ってきて欲しいですねぇ。……まだしてないこともありますし。」
 ……それはなんだ。
「それは、秘密ですよ。戻ってきたら教えて差し上げますよ?」
 そうか、楽しみとして取っておいていいもんなのか?
「あなたにとっては分かりませんが、少なくとも僕にとっては」
 ……やめとく。
「……それは残念です。……おっと、そろそろですね」
 ハルヒから伝言は無いのか?
「あぁ、ありますよ。忘れてました」
 ……内容は?
「『帰ってきなさい』……以上です」
 またあいつもあいつらしい伝言だな。
「そうですね……では」
 じゃあな。
「またな、と言って欲しいものです」
 ……またな。
「……」
 古泉は黙って消えていった。なんか後味悪いな。

 ……さて。神人が出てきて校舎を破壊し始めやがった。長門の元へと戻らなければ。

「おーい、長門!」
 長門はその場でうずくまっている。しかし、俺の声に反応し、体を上げる。

「……待ってた……あれは、なに」
「……わからん」
「……わたしには、あれが不安の塊に見える……」
 俺は長門の手を引き、校庭目指して走る。

 ……長門。お前はずっと不安だったのか?俺と会うまでの15年間は、俺にはとてもじゃないが想像できるものじゃない。だが、その積年の不安を俺は解消してやりたい。しかし。しかしだな。俺にはそれが出来ない……。何度も考えていると自分への言い訳のように思えてくる。
 言い訳でもいい。なんだっていい。

「俺は、元の世界の長門に会いたい!SOS団長のハルヒにも!ニヤケ顔が嫌で仕方なかったが、あの古泉にも!メイド服で可愛らしいあのお方にも会いたい!
 そこにこの世界へと改変しちまった有希もそこに加えてもいい!
 俺はまだ、あの世界でやるべきことがたくさん残ってるんだ!」

「……?」
 長門は意味が分からないようだ。

 俺は後ろを振り向く。神人が5,6体ほどであの時のように校舎を破壊し尽している。

 ……俺は元の世界へと帰る方法を思いつく。しかし、ギャンブル要素が多すぎる。元の世界どころか、もっと大変な世界になってしまうかもしれない。でも、それしか方法は無さそうだし、その方法をやるチャンスは今しかないだろう。今を逃すと一生、元の世界へ帰れない気がする。
 だから、俺は言う。


長門、実は俺な、この世界の人間じゃないんだ。お前は知らないだろうけど、その世界ではお前はいわゆる宇宙人なんだ。まぁもっとも、宇宙人、なんて簡単な名前では無いがな。かなり長かったはずだ」

 長門は驚く。目がいつもより見開いている。

「その世界では、俺とお前は付き合っている。いわゆる相思相愛ってやつか?だから、この世界のお前にあいつの影を合わせちまった。本当にすまん……」

 長門はさらに驚く。気がつけば、俺と長門は校庭にいて、神人は校舎を破壊し終えかけている。俺は立ち止まる。

「で、この世界とその世界は同じ世界なんだ。俺は以前の世界に戻りたい。でも、そうしたらこの世界は無くなってしまうことになるな。それでも、俺は俺の世界に戻りたい。
 ………俺の世界の"長門"に会いたいんだ!」
 
 長門は俺の言葉を真剣な瞳で聞いている。

 俺は長門の肩を掴む。

「……なに」
「俺、実は"対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス"萌えなんだ」
「……」
「いつだったかの俺の世界でのお前の真っ白なワンピースはそりゃもう反則的なまでに似合っていたぞ」
「……そう」

 俺は長門の肩を抱き寄せ―――キスをした。
 その瞬間、いつかのような感覚が俺の身を襲った。空気の波のようなものが俺に押し寄せる。 目の前が真っ白になり、無重力が俺の体を支配する。そして、その無重力から解放され、地球のやさしめな重力が俺の体を押さえつける。


 ……ここはどこだ?……真っ暗闇の公園……元の世界に帰って来たのか?

「おかえりなさい」

 背後から聞こえる。
 ……"長門"の声だ。
 俺は振り向く。

「ただいま、長門

 そこには、"俺が好きだと胸を張って言える"長門が俺の目の前に立っていた。

 ――――目に涙を浮かべて。


第12話『長門"有希"の憂鬱Ⅲ』〜終〜


キョン「次回予告!
   とうとう元の世界に帰って来れた俺!」
長門「本当に……よくやった」
キョン「長門!」ギュッ
長門「……次回の主人公は……わたし」ギュ
キョン「……え?」
長門「……さみしかった」
キョン「……長門……」
長門「第13話『"長門"有希の憂鬱Ⅰ』」チュ
キョン「……乞うご期待!」