長門有希の携帯
「あなたの持つ携帯通信器においての住所を教えて欲しい」
この部活動旺盛な時間帯は外から野球部やらサッカー部やらの声がうるさいのだ。まぁうるさいとは言っても遠くで何か叫んでるな、ってくらいの程度だが。しかし、そんなに小さい雑音でさえ十二分に邪魔になってしまうほどの消え入ってしまいそうな声で珍しく長門から俺に喋りかけてきたわけなのだが、その内容とはこれいかに。携帯通信機……住所……つまり、携帯のメールアドレスを教えてくれってことで合ってるか?
「違わない」
「そうか」
しかしまぁ、長門が俺のメールアドレスを聞いてくるなんてな。夢にも見なかったな。いやいや、別に待ち遠しかったわけじゃないぞ?夢にも見なかったっつーのはただ単に予測が出来なかったという意味であってだな?俺が特別長門にいたいけな感情を抱いているとかそういうのは無いからな?俺にとって長門は、だな……って今はどうでもいいじゃないか、そんなこと。ともかく、長門は俺にメールアドレスを訊いたのだ。その事実だけが俺の思考を揺るがす。なぜだ?
「……これ」
「買ったのか?」
「支給された」
「情報なんとか体……からか?」
「そう……だけど正確には情報統合思念体」
「……そうかい」
長門はどうやら携帯電話を手にしたらしい。情報なんとか体(覚えられん、すまん)もなかなか気が利いたもんだ。この年頃の学生、特に女子高生は携帯の一つや二つは持ってるもんだろ?二つも持ってるかどうかは知らんが。それにしても長門が携帯か。どうしてまたそんな物を持たせる気になったんだ?お前からしたら原始的な機械じゃないのか?
「そう。確かに原始的」
「じゃあ、なんでだ?」
「……あなたはこれが無いと意思疎通の旨を孕む通信が不可能」
「確かにそうだな」
「だからわたしがあなたに合わせるしかなかった」
「そりゃどうも」
つまり長門は仕方が無く携帯を持つようになったってことか。まったくこの万能型宇宙人もご苦労様なこった。
「……教えて」
「あぁ、そうだったな」
おずおずと不慣れな手つきで携帯を開いた長門はいつにも無く動揺しているかのように見える。……いや、俺の気のせいか?やっぱりいつもと変わらん。
「あー、赤外線で交換した方が早そうだ」
「そう」
最初は俺が受信する側だ。長門は送信させる準備を終わらせると俺に携帯を渡した。机に俺の携帯と長門のそれとを向かい合わせる。決定ボタンを押すと通信が始まった。
「……」
……なぁ、そんなにこの行為が珍しいか?俺がそれをしている間中、隣の無表情無口元眼鏡っ娘少女はしげしげと指先を見つめている。……終わったぞ、ほれ。
「……」
こいつはなぜか大事そうに携帯を持っている。……確認くらいしたらどうだ?
「……そうする」
「あぁ」
たぶん登録の分け方とかそんなんは全て解かっているだろう。説明書くらいは全て頭の中に入っていそうな気がする。そういやあの時は説明書の最後に小さく解説してあるだけだった機能を見事使い、更には俺達を勝利にまで導いたな。
と、メールの着信音が俺の携帯から流れてくる。長門か?
件名:無題
本文:届いた?
長門を見ると目が合った。……しかしまぁ、このまま「あぁ」と声で返事するのもあれなのでメール返信にて応える事にする。せっかくだからな。
件名:Re無題
本文:あぁ。
今度は俺のとは別の着信音が流れる。もちろん長門のだ。いそいそと携帯を開くその仕草はまるで女子高生だ。……情報なんたら体の思惑に見事引っかかってるぞ。まぁ、俺個人としては大歓迎だがな。
「まぁ、こんな感じだ。早く慣れるこった」
「そうする」
この日の会話はこれで終了。長門はどうやら他のメンバーには携帯を持つようになったことを伝えなかったようだ。話しかけるチャンスを逃したのか?
さて、俺は今ベッドに寝転んで一人携帯をいじくっているわけなのだがさっきから着信音ばかり聞こえる件について誰か討論しないか?いや、俺の言い分を聞いてくれるだけでもいい。俺は確かに早く慣れろ、とは言ったが俺を踏み台にするな……なんて本人に言えるハズも無く、長門から届く一言メールを俺は返信するという行為をもう既に10数回は繰り返している。……これは嬉しい事態なのか?俺にはよく分からん。だが、あの無口な宇宙人製インターフェイスが少しでも開けた感じになったことだけは確かみたいだな。
おっと、またメールだ。
件名:無題
本文:眠い?
件名:Re無題
本文:あぁ。
件名:無題
本文:わたしも眠い。
件名:Re無題
本文:そろそろ寝るか?
件名:無題
本文:そうする。
件名:Re無題
本文:だな。
件名:無題
本文:おやすみなさい。
件名:Re無題
本文:あぁ、おやすみ。
やれやれ。……窓から見える月がいつもより綺麗に感じられるのはなんでだろうな?